遠倉館(とおのくらだて)

遠倉館の基本情報

通称・別名

所在地

宮城県伊具郡丸森町大張川張遠ノ倉

旧国名

磐城国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

不明

廃城年

遺構

曲輪、土塁、空堀

指定文化財

再建造物

周辺の城

地蔵院館(宮城県白石市)[7.5km]
丸森城(宮城県伊具郡)[8.2km]
角田城(宮城県角田市)[8.9km]
白石城(宮城県白石市)[9.6km]
金山城(宮城県伊具郡)[11.1km]

遠倉館の解説文

場所
丸森町大張川張字遠倉
大張川前地区の東南、一帯山岳が連なり、その中で最も高い峰(標高252メートル)がこの館跡である。

現状
川前地区から急な坂を登り、登りつめた頂上平場が館跡と見られ、東南部一段下がって曲輪、その一角に愛宕神社が祀られている。一帯が雑木林で、頂上平場は方約50メートル、これを囲むようにして深い空堀が認められる。

またその東北部にやや下がって平場があり、それに続いて曲輪とみられる平場がある。頂上を本丸、続いて二の丸、三の丸跡とも言われている。

歴史
『安栄風土記御用書上』では、本丸は頂上部と推定されるが、二の丸については、現にいわれているところとは違っているようだ。

書上は、馬上拾壱騎の取出(砦)または、出張と伝えられると説明している。

情報提供:丸森町教育委員会

遠倉館の口コミ情報

さくら主膳佑にゃ〜様[2012年03月02日]
先々月だけど(^-^;城番就任記念書き込み。
築城年、築城者についての伝承は無く、戦国時代末期に近隣3村の馬上11騎の者が籠城、防戦に努めたという記録が残る。伊達政宗の頃とされるので、天正年間(1573-92)の伊達、相馬氏の抗争が続いていた頃の土豪たちの砦の一つであろう。
なお当館の西方に所在する前田館にも同一の記録が残っている。

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