小堤城(こづつみじょう)

小堤城の基本情報

通称・別名

大雄寺館

所在地

宮城県亘理郡亘理町泉ケ入88

旧国名

磐城国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

武石氏

築城年

乾元元年(1302)頃

主な改修者

主な城主

亘理氏(武石氏)

廃城年

遺構

曲輪、土塁

指定文化財

再建造物

周辺の城

亘理城(宮城県亘理郡)[0.8km]
船岡城(宮城県柴田郡)[8.4km]
角田城(宮城県角田市)[8.8km]
中島館(宮城県亘理郡)[9.8km]
下野郷館(宮城県岩沼市)[12.1km]

小堤城の口コミ情報

すかんぴん杉丸隼人正様[2013年12月09日]
百万石お墨付きツアーで寄らせて頂きました。

現在、大雄寺になってます。
伊達政宗公の従兄弟、伊達三傑の一人の伊達成実公の御霊屋があります。
成実公の死後間も無く建てられた桃山建築の建物です。

1月16日と8月16日の年に二回扉が開かれて、中の成実公の像が公開されるそうです。
8月は1時間程の説明会があるとのことです。

亘理町の職員の方がツアーの為にお話しにいらして下さいました。
丁寧な詳しい説明に感謝します。
そして亘理町の復興をお祈り致します。

さくら主膳佑にゃ〜様[2011年08月02日]
城主就任記念
文治五年(1189)奥州合戦の功で陸奥国諸郡の地頭職に任ぜられた千葉常胤は、翌年亘理、伊具、宇多3郡を千葉郡武石郷の在地領主だった三男胤盛に与えた。
乾元元年(1302)武石宗胤が亘理へ下向し小堤城を築城、延元四年(暦応二・1339)広胤が足利尊氏に所領を安堵されて以降亘理氏を称した。
天正年間(1573-92)亘理元宗が亘理城を築いて移ると廃城となった。

伊達雅楽助あいり様[2011年02月28日]
正確には小堤城時代のものではないのですが、城跡には江戸期を通し亘理地域を所領とした亘理伊達家の菩提寺である大雄寺が設けられています。亘理伊達家初代、伊達成実公もこちらに眠っております。普段、成実公の御霊屋は柵に囲まれているのですが、先日柵を開けていただき拝見する機会に恵まれましたので写真をアップさせていただきました。

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