白石城(しろいしじょう)
白石城の基本情報
通称・別名
- 益岡城、枡岡城
所在地
- 宮城県白石市益岡町
旧国名
- 磐城国
分類・構造
- 梯郭式平山城
天守構造
- 複合式層塔型大櫓[3重3階/1602年築/焼失(火災)]、複合式層塔型大櫓[3重3階/1823年再/破却]、複合式層塔型大櫓[3重3階/1995年再/木造復元]
築城主
- 白石氏
築城年
- 鎌倉時代
主な改修者
- 蒲生郷成
主な城主
- 白石氏、蒲生氏、上杉氏、片倉氏
廃城年
- 明治8年(1875)
遺構
- 曲輪、石垣、移築門、移築蔵
指定文化財
- -
再建造物
- 櫓、門、塀、石碑、説明板
周辺の城
-
地蔵院館(宮城県白石市)[3.9km]
遠倉館(宮城県伊具郡)[9.6km]
船岡城(宮城県柴田郡)[13.4km]
阿津賀志山防塁(福島県伊達郡)[13.5km]
石母田城(福島県伊達郡)[13.6km]
角田城(宮城県角田市)[14.7km]
平沢城(宮城県刈田郡)[15.0km]
梁川城(福島県伊達市)[16.4km]
丸森城(宮城県伊具郡)[17.1km]
前川本城(宮城県柴田郡)[18.8km]
日本100名城・続日本100名城スタンプ情報
番号・名称
- (続)105 白石城
設置場所
- 白石城天守閣[地図]
白石城の解説文
[引用元:Wikipedia「白石城」の項目]
白石城(しろいしじょう)は、宮城県白石市(陸奥国刈田郡白石)にあった日本の城(平山城)。別名益岡城(枡岡とも)。城は白石市指定史跡となっている[1]。中世の頃は白石氏(刈田氏)の居館だったと伝わる。戦国時代末期に城主が何度か変遷し、江戸時代には仙台藩家臣の片倉氏の城となった。九州の八代城などと並んで、江戸幕府の一国一城制の対象外とされて明治維新まで存続した。現在ある三階櫓や門は1995年(平成7年)に復元されたものである。続日本100名城(105番)に選ばれている[2]。
地理
白石城は、奥羽山脈と阿武隈高地に囲まれた白石盆地の中にある独立丘陵地の北端、標高76メートルの地点に築かれた[3]()。ふもとの市街地との高低差は約20メートル。城の北方約1キロメートルのところを白石川が東へ流れる[4]。この城が建つ場所は、近世まで陸奥国刈田郡で、現在は宮城県白石市である。
江戸時代の白石城下には奥州街道が南北に縦断し、この街道の北方面が仙台、南方面が福島、江戸だった。また、白石から西の米沢へ向かう道、東の相馬に通じる道があり、交通の要衝を押さえていたのも白石城の地理的特徴だった。
構造
白石城は平山城である。江戸時代の間、白石城は絵図に描かれており、時代の異なる絵図の比較から、白石城の城域は拡張傾向にあったとみられている。白石城は最終的に、丘陵の頂きに本丸、二の丸、中の丸、西曲輪、中段に沼の丸、南の丸、巽曲輪、帯曲輪、厩曲輪、平地部分に三の丸、外曲輪という六丸五曲輪構成になった[5][6]。
本丸には大櫓(三階櫓)があった。正保年間の絵図では二階櫓が描かれ、寛文年間の絵図では三階櫓が描かれていることから、二階櫓から三階櫓に改造されたのではないかとも言われるが、絵図の研究を基に『片倉小十郎の城 白石城跡発掘調査報告書』は最初から三階櫓だった可能性が高いとする[7]。三階櫓は天守の代用で、藩の支城という格と幕府への配慮から天守の名をはばかり大櫓と名づけられたとされる。
現存する白石城の遺構としては、厩口門が市内の延命寺山門に、東口門が市内の当信寺山門に、上屋敷の門かもしれないものが名取市の耕龍寺山門に、奥方御門かもしれないものと煙硝蔵が市内の個人宅に、それぞれ移築されている[8]。土塁は当時のものがそのまま残っている。
歴史
中世・近世
白石城が、いつ、誰の手によって造られたのか、はっきりしたことはわかっていない。中世に刈田氏がここを居城としていたとも伝わるが、推測が困難なほど、この時代の白石城についての史料は乏しい。刈田氏は後に白石氏を名乗り、やがて伊達氏の勢力下に組み込まれていった。
豊臣秀吉によって奥州仕置が行われると、1591年(天正19年)より刈田郡は会津に封じられた蒲生氏郷の領地となり、白石城には氏郷の家臣蒲生郷成が入った。郷成により、白石城は近世的な城へと改造されて益岡城と呼ばれ、城下町も造られたと伝わるが、やはり史料が存在せず、全貌は明らかでない。郷成は1595年(文禄4年)に白石から須賀川に移るが、この時に白石城は破却されたという伝承もある[9]。1598年(慶長3年)、蒲生氏は宇都宮に移封された。これに代わって上杉景勝が会津へ入り、その家臣である甘糟景継が白石城主となった。この時の白石城について、良好な史料ではないともされるが、古城に縄張りして築城されたとする史料がある。
1600年(慶長5年)、徳川家康が上杉景勝を討たんとする会津征伐が起こると、家康に接近していた伊達政宗は上杉領に攻めかかり、白石城の戦いが起こった。甘糟景継に代わって城を守っていた登坂勝乃は伊達軍の攻勢の前に降伏し、刈田郡は再び伊達氏の領土となった[10]。伊達氏の城となった白石城には、まず政宗の叔父・石川昭光が入ったが、1602年(慶長7年)12月、政宗の側近である片倉景綱が亘理から移り、1万8000石を領した。1615年(慶長20年)、江戸幕府が一国一城令を発するが、仙台藩では仙台城に加えて白石城の存続が認められ、白石城は明治時代まで片倉氏の城として残った。『片倉代々記』には、白石城の修繕が、主だったものだけでも約30回、記録されている。
1868年(慶応4年、明治元年)、戊辰戦争の際、奥羽諸藩の代表たちが白石城において白石列藩会議を開き、これが奥羽越列藩同盟の結成につながった。白石城には公議府が置かれ、北白川宮能久親王が滞在した。しかし、仙台藩は新政府軍に降伏し、白石城の明け渡しが行われた。1869年(明治2年)に白石藩が成立して、新政府に降った元盛岡藩主の南部利恭がここに移封されたが、利恭は旧領復帰を望みまもなく白石から去った。白石城には三陸磐城両羽按察府が置かれ坊城俊章が城に入ったが、按察府は1870年(明治3年)に廃止されて、白石城は旧片倉家中開拓役所預かりとなった。その後、白石城は陸軍省、大蔵省の管轄を経て、1874年(明治7年)に民間へ売却され取り壊された。城の取り壊しからしばらく経った1900年(明治33年)、城跡は益岡公園となった[11]。
歴代城主
(出典:『宮城県史』)
代 城主 期間 備考 1 刈田左兵衛尉 寛治年中(1087年 - 1094年)より子孫19世 天正14年(1586年)、白石宗実の代まで 2 屋代景頼 天正14年(1586年) - 天正19年(1591年) 3 蒲生郷成 天正19年(1591年) - 慶長3年(1598年)2月 4 甘糟清長 慶長3年(1598年) - 慶長5年(1600年)7月 5 石川昭光 慶長5年(1600年)7月24日 - 慶長7年(1602年) 6 片倉景綱 慶長7年(1602年)12月(拝領)
慶長8年(1603年)2月8日(入城)。以後、10代片倉宗景の代まで 現代
城の復元は白石市議会や地元新聞で取り上げられることがあったが、実現に向けての障害が多くあった。転機はNHKの大河ドラマ『独眼竜政宗』の放送で、これにより片倉景綱も注目され、景綱が預かった白石城の復元の機運が高まった。ドラマ放送翌年の1988年(昭和63年)、白石城三階櫓の復元が白石市の政策として挙げられた。可能な限り原型に忠実に復元するために、文献の収集や調査発掘などが進められた。また、復元基金が設立され、個人や法人から最終的に1億円を超す寄付が集まった[12]。復元工事は1992年(平成4年)に始まり、1995年(平成7年)3月に三階櫓、大手の一ノ門と二ノ門、土塀の復元工事が完了した[13]。
2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災では、壁の崩落など1億円超の被害が出た。文化財などには指定されていないため補助金が出ず市の財政と寄付金などで復旧が行われた[14][15]。復旧工事は2012年(平成24年)5月から9月まで行われた[16]。
2019年(令和元年)9月24日、白石城の天守閣で外国人観光客が城内での食事や宿泊を体験する「城泊」ツアーが行われた。ツアー体験者としてマンリオ・カデロ駐日サンマリノ大使夫妻が選ばれ、甲冑や着物の着付け、宮城県内の食材を活かした創作料理などを体験した[17][18]。
2021年(令和3年)2月13日に発生した福島県沖地震により、天守閣の壁に400カ所以上の亀裂が生じるなどの被害が出た[19]。復旧作業は行われたが、わずか1年後の2022年(令和4年)3月16日にも再び福島県沖地震が発生して城はさらに被災したため、度重なる災害により被災と復旧を繰り返す結果となった[20][21][22]。
伝承
片倉景綱が城主として配され修繕を始めると、夜に怪火や笑い声が聞こえ知らない女が目撃されるなどの怪現象が起きた。そして城で働いていた老女に狐が憑き「上杉がいた頃は狐は大事にされたが城主が変わって扱いが悪くなった。大事にすれば領内は安泰となる」との言葉を発したため、城を見下ろす場所に神社を建立して鎮めたという伝承がある[23]。
参考文献
- 白石市教育委員会 白石市文化財調査報告書第3集『白石城』 1979年。
- 白石市教育委員会 白石市文化財調査報告書第26集『片倉小十郎の城 白石城跡発掘調査報告書』 1998年。
- 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典4 宮城県』 角川書店、1979年。
- 平凡社地方資料センター 『宮城県の地名』(日本歴史地名大系第4巻) 平凡社、1987年。
- 【書籍】「宮城県史」
[続きを見る]
白石城の口コミ情報
2024年10月01日 かんちゃん
白石城
平日に来ましたが、静かで落ち着く雰囲気があります。
2024年05月23日 いっち刑部少輔富谷守
白石城
白石城は、縄張りや櫓の配置などまとまりのある感じを受けました。お城の中は明るく解放感がありました。階段の幅も広くとっていて年配の方も安心して昇降できますよ。天守に登ると市街がよく見えます。
2024年04月27日 くにかず
白石城
こじんまりした城ですが、なかなか格好良い天守です。静かで落ち着いた所です。
2024年04月10日 羽根羅列太右衛門督
白石城
雨の中登城しましたが、桜の白石城を満喫しました。駅から少し登る程度で、10分程で着きました。片倉小十郎と真田幸村の関係性がよく知れて、歴史好きにはとても楽しめます。
2024年03月19日 一堂令
白石城
白石駅から徒歩で15分くらいで着きます。市役所の駐車場を突っ切って行くと石垣が見えて来ます。三階櫓の中にスタンプがあるので、入場料が必要です。でも三階からの眺めは良いので、是非登城ください。
2023年10月18日 尼崎城駿河守一口城主
阿梅・大八の墓[白石城 寺社・史跡]
8月15日、白石城下城後にお参り。当日は、白石城と当信寺に行くのは決めていましたが白石駅ホームに(写真①)の看板があり、以前から行きたかった所にようやく辿り着けて気持ちがたかぶってきました。
当信寺は白石城から約10分でつきました。白石駅からも約10分のようです(MAP写真②)。
当信寺の山門は白石城東口門を移築したものでした。(写真③④)
まず本堂(写真⑤)を外側からお参り。御賽銭箱の上に六文銭入りの香炉(写真⑥)があり感激でした。
本堂にお参り後、本堂裏の阿梅と大八のお墓参りをしてきました(写真⑦⑧)。
写真⑧の説明板に<阿梅のお墓(写真⑦左側)の如意輪観音の石像中央部がくぼんでいるのは墓石を削って飲むと虫歯の痛みに効くという迷信が生まれたため>とありました。
お参り後、御朱印が頂けるかどうか分かりませんでしたが当信寺のお宅のチャイムを鳴らしたところ、書置きの御朱印を頂けました🖌
2023年10月18日 尼崎城駿河守一口城主
白石城
8月15日JR東北本線の白石駅から進軍。まず駅構内の観光案内所に寄って白石城下マップを頂きました。お城の行き方を尋ねたところ、駅前の道に出たら見えますよとの言葉通りすぐに見えてきたので(写真①)目標に向かって出発。
お城🏯に到着してまず歴史探訪ミュージアム(写真②、MAP写真③)で白石城入館券と御城印を購入。ミュージアムの2階の歴史資料館までは無料で入れたので立ち寄ってみました。
歴史館見学後、天守に向かいましたがその前に大砲萬右衛門銅像の看板(写真④)が目に入ったので先に銅像を見に行きました。第18代横綱像の背景に天守を入れて撮影(写真⑤)
天守入城前に一の御門と天守(写真⑥)と天守前の広場から天守を撮影(写真⑦)。天守では伊達政宗、片倉小十郎、真田幸村の稚児鎧(写真⑧)が印象に残りました。大坂夏の陣で戦った武将たちのノーサイドの精神を見せてもらっているように感じました。続100名城スタンプも天守内で押させてもらいました。
2023年10月08日 伊達陸奥守藤次郎宗篤
白石城
2023.10.7攻城。オフ会&鬼小十郎まつり。駐車場は市役所臨時駐車場他無料駐車場多数設置。一般駐車場は、JR白石駅周辺500円/1日。駅→当信寺/大八とお梅墓→階上寺/景長公墓→ランチ→まつり見学。
2023年09月10日 かめ左京大夫ゆみ
白石城
復元の天守閣もなかなか立派でした。真田ゆかりの城とは展示で知りました。
2023年05月28日 流浪安房守
白石城
ほとんど人が居らず、お城を独り占め!贅沢な時間を独り占め!
2023年05月05日 シゲコバ弾正少弼
白石城
裏御門跡の脇から土塁に上がれます。木の間から大櫓が見えますよ。
2023年04月16日 弾正尹 カルシファー
白石城
JR東北線白石駅から歩いて10分くらい。木造復興天守で素晴らしいです。昨年は天守が復旧工事中で中に入れず…スタンプも天守内に戻っておりました。
2023年04月09日 ヒロさん
白石城
白石駅から徒歩約15分で到着します。立派な天守(櫓)は素敵ですが、近くに行かないと見えないのは残念です。近隣にある、歴史ミュージアム内にあるレストランで郷土料理うーめんが堪能できます。
2023年01月09日 HAL2000壱岐守
白石城
白石駅から15分ほど。駅からほぼ一本道でわかりやすいです。平山城らしく、最後に少しだけ登ります。再建ですが天守はよく再現されていると思います。階段がめちゃめちゃ急で、ちょっと危ないのはお城あるあるですね。
2023年01月04日 【】修理大夫こーへー
三沢城[白石城 周辺城郭]
【歴史】
★白石刈田十七城のひとつで南北朝期唯一の城で築城期、築城者の詳細は不明。古くは藤原泰衡の家臣が居城、慶長年間には三沢信濃守頼母の居城と伝われる。現在の遺構は伊達氏系の築城があることから伊達氏による戦国時代後期に改修されたと考えられる。
【遺構】
★連続虎口、二重堀、土塁、土橋、曲輪
【写真】
①歴史看板、案内図(縄張図)
②城内にはルート看板有り
③三の丸
④二の丸
⑤連続虎口
⑥土橋
⑦二重堀
⑧本丸、奥は櫓台跡?
【感想】
★続・東北の名城を歩くで紹介されている伊達氏による戦国後期の城郭。連続虎口、土橋、二重堀を含む技巧的な縄張りは必見です。笹ヤブは多少有りますが今のシーズンがお勧めです。白石城に寄った際には是非!
2022年08月14日 雅伊豆守
白石城
白石城は修繕中です。9月頃まで!事前に調査してからが良いと思います。
2022年07月02日 城社まにゃ日向守柴田軍織田
白石城
敷地内に神社有ります。御朱印にも城址の文字が有ります
2022年04月04日 むに
白石城
広場までは入れます。地震の跡が目立ちます。続100名城スタンプはミュージアム1階受付に訪ねれば貸してくれます。併せてマンホールカードをもらうのもおすすめです。
2022年02月16日 ぺい
白石城
修復工事で天守閣の中は見学できませんでした😵
2021年10月26日 飛騨守マックイーン
白石城
白石蔵王駅からタクシーで1000円かかりませんでした。地図とHPだけ見て平城だと思っていたのでちょっと意表を突かれました。三階櫓は中の階段が急で、私も慎重に降りたくらいなので足が悪い人にはキツイかも。展示などはほとんどなかったです。二の丸はブランコなどもある公園でした。コンパクトなお城なので1時間もあればゆっくり見られると思います。
2021年08月29日 伊達勘解由長官一海
白石城
無料駐車場があるとのことでクルマで行きました。駐車場は市役所側と野球場側の2箇所あり。間違って野球場側に停めたため少し歩く事になりました。停めるなら市役所側です。
2021年07月27日 ささやん左衛門督
白石城
門の手前に可愛いマンホールがありました。門をくぐる前に足元も見ても面白いです。
2021年07月26日 南部陸奥守勝牛
白石城
東北城攻めイベントのため、車で訪れました。白石城城下広場駐車場に停めました。『城来ロード(しろくロード)』なる登城路を約5分歩いて、白石城歴史探訪ミュージアムに至ります。ミュージアムでは、御城印をゲットできます。城郭はすぐ隣にあり、石垣上の復元天守を目にしたら左手に。復元された変形枡形を通ると、本丸の広場に至ります。天守はそこから入る事が出来、続100スタンプは天守入口にあります。今回は時間オーバーでしたが、片倉景綱菩提寺の傑山寺もセットで如何でしょうか。
2021年07月23日 kazuyou大蔵大輔
白石城
白石城は、別名 益岡城とも呼ばれ、伊達家の家臣、片倉小十郎の居城で有名ですね☝️現在は、益岡公園として市民の憩いの場となっています。復元された3重櫓や大手二階門等があります☝️本丸付近には、石垣や、御殿跡、門跡があります。また、歩いて10分の場所に武家屋敷(小関家)も残されています。この付近は、水路に囲まれて風情たっぷりで、散策に良いですね😀
駐車場🅿️は、城の周りにたくさんありますので、案内板や、パンフレットを見ながら探せます☝️なお、入場券は、3重櫓、歴史ミュージアム、武家屋敷の共通券800円がお得です☝️トイレ🚻や、お土産売り場は、ミュージアムにあります☝️
2021年07月12日 鼻毛伸ばし太閤アホなフリ
白石城
天守閣で甲冑体験出来ます。城郭の作り、石垣が良かった。
2021年06月14日 lucky1023
白石城
仙台藩初代藩主・伊達政宗の右腕といわれた片倉小十郎の居城。戦国時代は関ヶ原の戦い、幕末には戊辰戦争と日本史を代表する動乱とも深く関わっています。
2021年05月15日 天下泰平刑部卿
白石城
城で天守閣、シアター、武家屋敷の共通券800円が買えますが、武家屋敷から行くと共通券は売ってません。
2021年05月11日 tower428太閤
白石城
本数は少ないですが、白石駅又は白石蔵王駅から循環バス「きゃっするくん」(¥200)に乗ると白石市内をぐるっと回って白石城入口まで連れてきてもらえます。お城横のマンホールもオススメです。
2020年12月02日 後志守日本三景を観に行こう
白石城
白石城🏯は伊達政宗の家臣の片倉小十郎が治めていました。大名並みの3万石の家禄でした。
大阪の陣で真田幸村の娘を託されたそうです。
その縁で真田の遺臣達が集まって来たそうです。
2020年11月08日 S&K弾正大弼
白石城
白石城-駐車場からちょっと坂道を歩きます。
復元ながら天守有り。見晴らしはとても良かった。
石垣、土塁、土塀、門など有り。
2020年01月17日 真里谷武田治部卿
白石城
白石城は8月に訪れました。
陽気柄、暑くて城内には大型扇風機を設置して回していました。
天守まで上がると四方の扉が開けられ、風が東西南北遮るもの無く通り抜けて非常に涼しく感じました。暑い下界に下りるのが嫌で、暫くその場に佇んでいました。
2019年11月27日 まー刑部卿
白石城
2回目の登城。1回目の時はまだ城めぐを始めていませんでした。駐車場は市役所隣の城下広場(無料)でした。お城周辺に駐車場があり観光案内板に記されています。今回は大手口から登城したため前回見なかった本丸外郭石垣を見ることが出来ました。券売機が故障してて共通券や武家屋敷見学券も売切表示。
隣接するボランティアガイド詰所に居た方々に報告しておきましたが武家屋敷でも券売してるそうです。前回は券を購入したか覚えてない。今回は時間の都合上武家屋敷はパス。
続百名城のスタンプは券購入しないと、のくだりを先人が言ってましたが百名城も2周目ですが必ず入城券支払っています。スタンプは自身で押印。入口付近に御朱印が10数枚飾ってありそのことで職員の方と話していました。もちろん御朱印集めはしてないため未購入。あいにくの小雨でしたが久しぶりに訪れたためか前回訪れた時の記憶が戻ってきました。城下広場をあとにし移築門のある当信寺へ。ここは道路幅が広いため路駐。次に延命寺へ。こちらはお寺の駐車場はありますが手前の三角地帯(潰れたスポーツ用品店前)に車をとめました。片倉景綱公像のある傑山寺や検断屋敷のある材木岩公園には時間の都合上訪れることが出来ず次回再訪城の予定。
検断屋敷は冬季の間は見ることが出来ません。移築蔵を見に行きましたがネット情報もほぼなくGoogle mapで外観と地図を記憶させて煙硝蔵と隣接する長屋門、この門も立派な門でした。場所は白石市大平坂谷というところでその手前が広いので路駐し歩いて行きました。道路からちょっと首を伸ばせば見えますが個人宅のため写真だけ撮影して退散しました。
2019年05月10日 織田上総介晃司
白石城
GWは白石市役所の駐車場が開放されていて駐車しました。平日も停めれるのかどうかはわかりません。
木造復元された天守。大手一の門、二の門も復元。天守台の復元は野面積みで組み上げられてます。
主君、伊達家の仙台城に天守がないことをはばかって大櫓と称し、仙台藩主を迎えるための配慮として天守への登り階段に覆屋を付け玄関を設けている。
天守そばにある鐘堂。どこかで似たような建物を見たような気がするんだけど…どこだったかなぁ?
白石名物の白石温麺(うーめん)を食べました。
油を使わずに小麦粉と塩水だけで麺を作っているので麺が短く、胃に優しいのが特徴です。
2018年11月24日 兵部卿藤重真
白石城
白石城では現在、戊辰戦争ゆかりの地スタンプラリーを開催中。新元号8月31日まで9箇所中5箇所巡ると景品が頂けるみたいです。
2018年10月02日 みず
白石城
自動発券機でチケット購入しました。たしかに、看板などに「スタンプは天守閣内にあるので入場券が必要」と明記してました。土砂降りの日に行ったのですが入り口で係りの方に伝えると足拭きマットみたいのを出してくれました。あと、スタンプ帳なくてもスタンプ貸してくれました。もちろん自分で押せました。
ただ「正規のスタンプ帳じゃないので責任は取れません」と。まあ、全スタンプ集められないと思っているのでそのあたりは納得済。でも…¥400はちと高いかな(笑)しかも、スタンプ押してる間ずっとおじさんのうんちくや城自慢話聞かせられるしね。近くの歴史ミュージアムに『白石城』のご朱印を販売してます
2018年07月03日 さすらいの征夷大将軍慶誾尼☆寧
白石城
↓『半年前に天守の隅々まで観覧したので今回はスタンプだけでいいです。』と入り口で申し出ましたが、入場料を払わないとスタンプは押せないような仕組みになってます。20180625現在
2018年07月03日 九戸右兵衛督政実
白石城
続100名城スタンプを天守入場料金を払わないと押せない?
今までこんなことは何処に行っても無かった。
どうして白石城だけが?
2018年07月02日 みやび姫
白石城
城、駐車場ともに一般道に多く看板があるので迷子になることはありません。武家屋敷もすぐわかる道のりなので(城から約8分でした)訪れてみてはいかがでしょう。天守はボランティアガイドさんが丁寧に案内して下さいました。
2018年05月22日 【籠城中】下野守智ぞう
白石城
白石城ミュージアムのお土産コーナー隣のプリクラは白石城限定フレーム多数な上、10歳若く映るクオリティ高さ!!騙されたと思って一度撮影すべし!(笑)
2018年04月14日 ケロヲル讃岐守
白石城
続100名城スタンプは白石城天守閣にありますが、厳重管理のようで続100名城スタンプ帳持参でないと押してもらえません。しかも係員の方に押されてしまいインクべったりで曲がって押されてしまって残念(^^; 改善されることを望みます。
2015年12月21日 陸奥守仙臺むすび丸JUN
白石城
真田信繁(幸村)の次男・大八は、大坂夏の陣後、片倉小十郎重長の養子として密かに育てられ、片倉守信と改名。仙台真田氏として現在も家系が継承されています。
片倉守信は伊達家本藩の藩士として召し抱えられ、家禄350石を与えられ、仙台城下な三の丸傍の片倉家屋敷とは別の場所に屋敷がありました。
知行地は、白石市に隣接する蔵王町や、桃生郡(現石巻市)に宛がわれました。
<仙台真田氏ゆかりの地>
白石城下
①当信寺:白石城東口門(二の丸大手二の門)が移されており、重長の後妻になった阿梅と大八の墓があります。
②清林寺:幸村の家臣三井奉膳景国の子が僧となって開いた寺。寺紋は六文銭。
蔵王町には仙台真田氏の分家ゆかりの場所が残っています。
③真田幸清筆子塚:分家から仙台真田氏に養子となった仙台真田氏8代当主。寺子屋の弟子が建てた供養塔。
④真田豊治墓碑:江戸期末期の分家の当主。「幸村十一世」と刻まれています。
いずれも見学自由。
①以外は駐車は数台。
付近はいずれも道幅は狭いです。
2013年01月10日 鳳雛SASlov優彩
白石城
既に修復は終わったようです
2012年08月06日 隼壱岐守重然
白石城
今年、7月訪れた時、集古苑の方から石垣復元には7年掛かると聞きました。
足場が無くなるのは、メインの三重櫓の建物周辺だけですかね?
それでも、まだ石垣がくずれ、地割した痛々しい姿でしたが…。
2012年08月05日 ぎっちゃん
白石城
今日震災被害の修復工事公開の白石城を訪れましたが10月初頭に行われる「鬼小十郎祭り」に間に合わせるようにしたいと係の方が仰っていました。足場はもうすぐ解体出来るとの事。がんばれ白石!東北!!
2012年04月30日 中務卿一之介
白石城
東日本大震災のために、再建された天守閣は修復工事中です。壁には位置を示すテープが貼られ、かなり痛々しい姿ですが、天守閣自体は内部公開されています。
2012年04月24日 柿崎信濃守景家
白石城
ちなみに、片倉という地名は現在も残っています。
2012年04月24日 柿崎信濃守景家
白石城
片倉景綱の祖先は、どうも長野県伊那市高遠町片倉の出身みたいです。近くに、山本勘助改築の高遠城がある。
2011年03月20日 tomm加賀守
白石城
今回の地震で、天守閣の壁にひび割れが入り一部崩落、瓦も数枚落ちたそうです。(アメーバブログ「白石戦國武将隊 奥州片倉組」より)
現在4/1よりの開館を目指して頑張られておられるそうです!
2010年10月04日 サムライ陸中守はる
白石城
国内で3番目の木造復元された天守ですが、伊達家居城・仙台城に遺構が少ない分、白石城の方が見応えがある様な感じがします。城内は片倉小十郎一色ですけどね
2010年09月25日 徳川内大臣源朝臣康武
白石城
白石城ミュージアムに併設されている売店のお土産に、白石城は皆無片倉小十郎グッズばっかりお客も若い女性が多かったなぁ・・・
2010年07月21日 のぼちゃん陸奥守
白石城
国道4から白石城の看板がありますので、わかりやすいです。城とミュージアムと武家屋敷の共通入館券(計600円)がお得です。ミュージアムでは、片倉小十郎(2代目)の大阪夏の陣の活躍がみれます。(真田幸村の娘阿梅のエピソード)国道113沿いに片倉家の墓があります。
白石城の周辺スポット情報
大手一ノ御門(遺構・復元物)
大手二ノ御門(遺構・復元物)
三階櫓(遺構・復元物)
移築門(東口門)(遺構・復元物)
水路(遺構・復元物)
外曲輪総構と取水口(遺構・復元物)
外曲輪堀跡(遺構・復元物)
二の丸堀跡(遺構・復元物)
厩口門跡(遺構・復元物)
南の丸堀跡(遺構・復元物)
二の丸跡(遺構・復元物)
鐘堂(遺構・復元物)
本丸御殿跡(遺構・復元物)
片倉家中武家屋敷(遺構・復元物)
武家屋敷通り(遺構・復元物)
本丸外郭石垣(遺構・復元物)
西曲輪跡(遺構・復元物)
馬場跡(遺構・復元物)
未申櫓跡(遺構・復元物)
帯曲輪跡(遺構・復元物)
大手一ノ門(遺構・復元物)
二ノ丸大手二ノ門跡(遺構・復元物)
辰巳櫓跡(遺構・復元物)
裏御門跡(遺構・復元物)
南の丸跡(遺構・復元物)
巽曲輪跡(遺構・復元物)
空堀(遺構・復元物)
空堀(遺構・復元物)
三の丸(遺構・復元物)
二重堀(遺構・復元物)
二の丸(遺構・復元物)
空堀(遺構・復元物)
虎口(遺構・復元物)
白石城厩口門(遺構・復元物)
本丸御殿跡(碑・説明板)
「二ノ丸大手二ノ門跡」説明板(碑・説明板)
片倉小十郎景綱公頌徳碑(碑・説明板)
白石城碑(碑・説明板)
三沢城(周辺城郭)
専念寺(寺社・史跡)
神明社(寺社・史跡)
常林寺(寺社・史跡)
清林寺(寺社・史跡)
阿梅・大八の墓(寺社・史跡)
白石城歴史探訪ミュージアム(御城印)
白石城天守閣(スタンプ)
トイレ(トイレ)
駐車場(白石城主片倉小十郎歴代御廟)(駐車場)
白石城城下広場駐車場(駐車場)
駐車場(駐車場)
白石益岡公園(関連施設)
片倉景綱像(その他)
益岡公園入口(その他)
登城口(その他)