前川本城(まえかわもとしろ)

前川本城の基本情報

通称・別名

中ノ内城、錦ヶ館、錦館

所在地

宮城県柴田郡川崎町前川字本城

旧国名

陸前国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

砂金氏

築城年

天正3年(1575)

主な改修者

主な城主

砂金氏

廃城年

遺構

曲輪、石積、土塁、横堀(空堀)、竪堀、枡形虎口

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

川崎城(宮城県柴田郡)[1.6km]
平沢城(宮城県刈田郡)[6.6km]
根添城(宮城県仙台市)[11.9km]
御殿館(宮城県仙台市)[15.1km]
平賀館(宮城県仙台市)[16.8km]
船岡城(宮城県柴田郡)[17.0km]
西館(宮城県仙台市)[17.4km]
高舘城(宮城県名取市)[18.5km]
白石城(宮城県白石市)[18.8km]
郷六城(宮城県仙台市)[18.9km]

前川本城の解説文

前川本城(まえかわもとしろ)は宮城県柴田郡川崎町前川にあった城である。中ノ内城、錦ヶ館ともいう。

遺構
立野川と前川の合流地点にある丘陵東端に位置する。

北側の断崖を背にして本丸、それを囲むように二の丸が配されており、本丸東側には枡形虎口を備えた小曲輪が付属している。

本丸は方形をなし、北面を除く三方に土塁と空堀が設けられている。さらに二の丸全体を囲うように、高さ約5mの土塁と深さ約10mにもなる二重の堀切が、約300mに渡って現存している。

歴史
天正3年(1575)、伊達氏の家臣であった砂金(いさご)氏8代・砂金常久が、それまでの居城であった砂金城(川崎町本砂金)から移ってきて築城した。

大規模な土木工事の跡が見られることから、山形の最上氏、または慶長出羽合戦で山形に進出した上杉氏に対抗する目的で、主君である伊達氏の主導で築かれたとも推測される。

11代・砂金実常(常房)の時、1.5km北東に川崎城(川崎要害)を築いて移ったため廃城となった。

交通
JR東北本線東白石駅から車で約30分

参考文献
『日本城郭大系 第3巻』新人物往来社、1981年。
前川本城跡現地説明板。
『戦国の城を極める 廃城をゆく5』イカロス出版、2017年。

前川本城の口コミ情報

2020年02月25日 尾張守だもんで
前川本城



南側の案内板横に2台ほど駐車できるスペース(未舗装)があります。その案内板の隣にある簡易的な城郭図の縮尺はいい加減で、案内板から城郭南西側の東屋まで100mほどあります。城郭東側には複雑に入り組んだ遺構の残る大手口がありますが、分かりにくいだけでなく、2匹の犬鳴く民家の間を肝を冷やしながら抜けて行かなければなりません。ですので、入出どちらも東屋口をオススメします(その場合も大手口の遺構はチェックできます)。

2019年05月26日 はくやく内大臣
二の丸、二重空堀(内側)[前川本城  遺構・復元物]



二重空堀の内側です。土塁まで含め、かなりの深さになります。東北で、これほどの深さは珍しく、注目を集めているようです。

2019年05月26日 はくやく内大臣
本丸、西側土塁[前川本城  遺構・復元物]



本丸の西側の土塁です。土塁の高さは、空堀の深さも含めれば、3m以上ありそうです。内側(本丸側)には、石積みの跡が見られます。

2019年05月25日 はくやく内大臣
搦め手、説明板[前川本城  碑・説明板]



大手口は民家の裏のため、また、搦め手側にも、駐車場は無いので、ご注意ください。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore