磐城平城(いわきたいらじょう)

磐城平城の基本情報

通称・別名

龍ヶ城、龍城、飯野城

所在地

福島県いわき市平旧城跡

旧国名

磐城国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

鳥居忠政

築城年

慶長8年(1603)

主な改修者

主な城主

鳥居氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、堀

指定文化財

市史跡(磐城平城跡塗師櫓石垣)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

高久の古館(福島県いわき市)[6.0km]
車城(茨城県北茨城市)[30.6km]
真壁城(福島県双葉郡)[31.5km]
小野城(福島県田村郡)[34.8km]
松岡城(茨城県高萩市)[39.1km]

磐城平城の解説文

磐城平城(いわきたいらじょう)は、陸奥国磐前郡(現:福島県いわき市平)にあった磐城平藩の藩庁の城である。別名は龍ヶ城(りゅうがじょう)。

沿革
関ヶ原の戦いの後に、それまで飯野平城を居城としていた岩城氏が追放され、代わりに新しく入った者が、江戸幕府譜代の鳥居忠政である。1602年(慶長7年)に、鳥居忠政が入ると、都市名を戦国時代までの飯野平から、岩城の「いわ」の字を変更して「磐城平」に改めて磐城平藩を樹立し、翌1603年(慶長8年)に築城を開始し、12年の歳月を費やして梯郭式平城を完成させた。

天守は造られず、本丸の三層櫓がその代わりとなった。その姿は、「磐城名物三階櫓、竜のお堀に浮いて立つ」と詠われた。また、磐城平を鳥居忠政の本拠地とさせた主な目的は、伊達政宗が治める仙台藩への牽制であった。

1868年(慶応4年)の戊辰戦争において、奥羽越列藩同盟に与した当時の家老・上坂助太夫は、明治政府軍に攻められたため、自ら城に火を放ち逃走した。

地理
城周辺
城内には御三階櫓・隅図櫓・塗師櫓・八ッ棟櫓・追手門櫓・中門櫓・六間門櫓などがあった。また、茶室緑天庵も記録に残っている。
-城下町・磐城平-
鳥居忠政が磐城平に転入すると、再編成による都市づくりは、それまでの飯野平城を中心とした町から、武家町・町人町・寺町を分ける近世城下町に変えた。1604年(慶長9年)には基礎が完成し、町人たちに、防災のための手桶や梯子を用意することと、清掃の徹底・町木戸の使用を命じた。更に、十人組を作らせ、治安の責任の一端を持たせた。城下の人々の中で、特別な権利を持った商人の多くは、かつての岩城氏の家臣や、門閥商人出身者であった。

その他、紺屋町は、古くは今の八幡小路にあり、磐城平城が建築される際に、現在地に移された。また、菩提院町は古くは禰宜町といわれたり、立町は御徒町といわれていた。磐城平城下5口(長橋口、久保町口、北目口、鎌田口、新川町口)を通る馬の数は、1口で760余りであった。また、磐城平城下には職人も多く、鍛冶町には、刀鍛冶の根本国虎や鈴木貞則などの名工がいた。

武家町
六間門・揚土・八幡小路・道匠小路・曲松・杉平・桜町・掻槌小路・田町・柳町・梅香町・四軒町・白銀町・番匠町・鷹匠町・仲間町 など

仲間・足軽町...

磐城平城の口コミ情報

まさ大膳大夫猛虎 様[2017年05月10日]
磐城平城の残存遺跡は、石垣・土塁・公園の水堀です。鉄道施設・学校にて遺稿が消滅。
関連する遺稿として、白水阿弥陀堂(国宝)に阿弥陀仏を安置が有ります。磐城家の始祖とも言われる磐城則道の妻(徳姫)の造営。徳姫の出は平泉、奥州藤原家(藤原清衝の娘)です。則道を弔う為に造営したと。
毛越寺・無量光院を参考に、バックの山を背に、池に中島を配し2つの橋を渡って阿弥陀堂に参拝。《浄土庭園の様式》造る事で、自らが平泉に想いを馳せた事でしょう。
白水阿弥陀の名称は、泉の字は上が白(しろ)、下が水(水みず)で泉です。平は、磐城平の城の建築前は飯野平と言われた。平泉の平を取ったのか不明です。

0107ブラ弾正少弼白河城!様[2017年05月09日]
磐城平城は現在、鉄道敷設と宅地化により破壊され、僅かに堀、土塁、石垣が残るに過ぎない。その石垣も東日本大震災で被災し、塗師櫓台石垣も半分くらいの高さになり、未だ復旧のメドが立たない(崩壊した石材は市が番付し保管。石垣にも番号あり)。
本丸の一部には明治の版籍奉還後に建築された旧仮藩庁が建ち、御三階櫓、八棟櫓址が南側に位置する。御三階櫓は二層三階、一・二階が同大の名古屋城本丸に現存する西南隅櫓と同じ形式である。八棟櫓は比翼千鳥破風をあしらった櫓だった。東側には白蛇堀が遺存し、本丸側には城主が茶の湯に使用したという湧水がある。白蛇堀の更に東には水の手曲輪の一部が土塁をともない残り、曾ては弓櫓、矢ノ櫓の2基の櫓が存在した。この本丸・白蛇堀・水の手曲輪は私有地であり通常は非公開で立ち入りはできないがイベントなどの催しがある時に限り公開する。
城の北側には大規模な水堀が丹後沢公園として現存し、内記曲輪は宅地化してしまったが六間門の堀は現在、国道399号が通っている。

まー宮内卿様[2016年10月01日]
市制50年イベントのため、いわき駅西駐車場などイベント会場として使用され駐車出来ません。交番向かい側の有料駐車場に駐車。昨日いわき市役所観光課から本丸跡地へは今イベントは立入を予定いないそうです。周りの石垣は観ることが出来ます。三階櫓のパネルを撮影するなら駅西駐車場から撮るといいみたいです。

磐城守 j 様[2016年09月30日]
磐城平城本丸跡地に三階櫓が出現?!

実はこの三階櫓、歴史資料を基に地元の学生がペンキで描いた高さ13メートルの看板です。

磐城平城本丸跡地は現在、民有地。市は、本丸跡地の公有化を目指すとともに公園としての活用を検討しており、三階櫓をモチーフとした施設整備も視野に、本年度は基本構想や基本計画を取りまとめる方針。

そして、いわき市市制施行50周年に当たる明日10月1日午後6時30分から、三階櫓のライトアップイベントが行われます。観覧会場はいわき駅南側の住吉屋駐車場。ライトアップは10日まで、午後6時30分~同11時に行われる予定で、三階櫓は来年3月末まで設置する予定だそうです。

磐城守 j 様[2016年03月27日]
いわき市市制施行50周年を迎える2016年は、磐城平城にて様々なイベントが開催される予定です。

4月9・10・16・17日には磐城平城本丸跡地にて「磐城平城さくらまつり」開催。

10月1日には戊辰戦争で焼失した三階櫓が一夜限りの「一夜城」として復元されます。(一夜城の詳細は不明)

また4月~10月まで磐城平城本丸跡地にて毎月イベントが開催される予定だそうです。

磐城守 j 様[2015年03月12日]
磐城平城本丸跡地が期間限定で無料開園されます。

開園期間:平成27年4月~6月の土・日・祝日
開園時間:午前10:00~午後5:00

旧仮藩庁や白蛇堀など普段見れない遺構を間近で見れます。また、開催期間中は華道体験会・お茶会・ライブ等の様々なイベントが行われるそうです。

これを機に本格的な城跡公園としての整備、かつて「磐城名物三階櫓、竜のお堀に浮いて立つ」と詠われた本丸三階櫓の復元が実現されることを期待します。

磐城守 j 様[2014年06月05日]
磐城平城本丸跡に建つ「龍ヶ城美術館」は現在休業中ですが、いわき駅前ビル「LATOV(ラトブ)」内いわき総合図書館に、磐城平城や戦国大名・岩城氏、磐城平藩初代藩主・鳥居氏などの資料が有ります。

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