蟻尾城(ありおじょう)

蟻尾城の基本情報

通称・別名

有尾城、在尾城、蟻尾山城

所在地

佐賀県鹿島市大字三河内字蟻尾他

旧国名

肥前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

大村家徳

築城年

文正元年(1466)

主な改修者

主な城主

大村氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、竪堀

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

鹿島城(佐賀県鹿島市)[2.1km]
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蟻尾城の解説文

蟻尾城(ありおじょう)は標高192mの蟻尾山(ぎびざん)の山頂に築かれた戦国時代の山城。現在は蟻尾山と呼ばれているが、古い記録では在尾山や有尾山(いずれも読みは「ありお」)とも書かれている。

歴史
鎌倉時代から室町時代にかけて藤津地方に勢力をふるっていた大村氏は、小城の千葉市に侵攻に対する防備を固めるため、大村家徳が文正元年(1466)に在尾山に城を築いた。しかし、文明9年(1477)小城の千葉介胤朝の軍に攻められて落城し、時の城主大村家親は尾根伝いに能古見本城の方へ逃げのびた。この落城に際しては、納富分の泣子観音(泣きびすさん)の伝説や、西牟田緑の地名由来(緑姫)などの悲話も伝えられている。

立地・構造
城の構造は、東の尾根沿いに登城口があって、登城口を含む東側と西側の尾根一帯には堀切や竪堀が設けられている。南と北は天然の断崖で、自然地形を利用した要塞である。主格曲輪の周囲には土塁を築き石垣を積んでいた痕跡もいたるところに残っている。東西約500mという鹿島藤津地方における最大規模の山城で、鹿島平野から佐賀平野までを一望できる立地に在り、戦略拠点として重要な役割を担っていたと考えられる。

戦国時代の山城は戦時拠点であるため、山麓や平地に平常の館が設けられている例もあるが、蟻尾城についてはその詳細は不明である。一方で、蟻尾山の南東中腹には「百堂」「伽藍さん」の地名も残されており、氏寺の性格を有す寺院が近くに建立されていた可能性がある。

現在、山頂近くの尾根上には「大天狗」の石祠と、永正9年(1512)平常親によって造立された「弁財天」の石殿が祀られていて、一般に豊前坊さんと呼ばれています。4月と7月の2回、若殿分区によって豊前坊さん籠りが催されています。

情報提供:佐賀県鹿島市

蟻尾城の口コミ情報

カーネルさん[2017年10月17日]
長崎線 肥前鹿島駅から

駅から真南に県道309号線を歩く。交通量が多いので注意です

15分ほど歩き、右手の旭ヶ岡公園が鹿島城で、見どころは鹿島高校前の赤門でしょうか

ここには、案内板と石垣がいっぱいあります。学校の周囲を石垣沿いに歩き、鹿島城から南西にある、鹿島市陸上競技場を目指します

トラック・球場の南側を山に向かって歩くと正面に蟻尾山公園の看板があり、左脇から山道を登ります。緩い坂道を上ると2つ祠が祭られた広場にでますので、西の竹藪へ突入します

竹やぶは、道らしき物はありませんが、葉の密度が低く、高低差もないので、比較的楽に抜けられます
竹やぶを抜けると、石組みや曲輪が多数あります

来た道を戻り2時間でした

高校の裏で地元のおじさんと立ち話をした時「ありお山に登ります」と話をしたのですが、麓の信号には「ぎび山」と書いてあった。話通じてたのかな・・・

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