松岳城(まつたけじょう)

松岳城の基本情報

通称・別名

所在地

長崎県東彼杵郡東彼杵町蔵本郷

旧国名

肥前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

大村氏

築城年

戦国時代?

主な改修者

主な城主

大村氏、皆吉左馬介(有馬氏家臣)、彼杵喜之助(後藤氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、石積

指定文化財

再建造物

周辺の城

小峰城(長崎県東彼杵郡)[6.7km]
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松岳城の解説文

松岳城 (まつたけじょう)は、長崎県東彼杵郡東彼杵町三根郷にあった日本の城。

標高223mの松岳山にある中世の古城跡です。町内全域大村まで見渡し、大村湾を眼下に見下ろす要害の山城で、彼杵氏の居城であったと思われますが、いつ、誰が築いた城であるか伝わっていません。

立地と遺構 

郷村記に「三根郷妙法寺境内後ろの高嶺にあり、番神岳続きで麓よりおよそ655m、いたって険しい。頂上の広さ東西330m南北220m、本丸180坪・二の丸180坪。北東に石垣があり、高さ5.5m・横11~13m四方の枡形の石垣が残っている。西南は崩れて形だけある。」と記されています。

歴史 

彼杵郡の中心であり、嬉野に通ずる西肥前の重要拠点でしたので、戦国時代には何回も戦争がありました。

戦国時代の初め文明元年(1469)、彼杵遠江守清原清男が対馬の宗氏を通じて朝鮮と交易しました。しかし、そのころ島原の有馬貴澄の勢いが強くなり攻めてきました。大村純伊は敗れて6年間流浪しますが、彼杵氏はどうしたのか分からなくなりました。松岳城には皆吉左馬之を大将として有馬勢がおりました。

文明12年(1480)加々良島に隠れいていた大村純伊は、援軍があって8月13日島田に上陸し、14日有馬勢と激戦し、15日松岳城を攻め落としました。この戦を記念して、昭和13年立神の国道端に戦蹟碑が建てられました。

それから、およそ80年後の永禄・天正(1563~1580)のころ、武雄城主後藤貴明がキリシタン大名大村純忠を幾度となく攻め、松岳城の争奪戦が繰り返され戦場となりました。

情報提供:東彼杵町教育委員会


松岳城の口コミ情報

2026年04月19日 SHIN
松岳城



2026.4.18リア攻め。
道は山上の寺に参拝するためのものがありますので、攻略難度は普通としますが、きつい登りです。

登城の起点はJR大村線の彼杵(そのぎ)駅から1.3kmほどのところにある妙法寺になります。

妙法寺第2駐車場を抜けると直ぐに山側に登る道(軽トラなら行けるような道)があります。
この道はすぐ右に曲がりますが、その曲がるところの奥に参拝道があります。(案内がないのでわかりにくい)

そこから石段の道をひたすら上を目指すこと約30分で、写真の寺に着きます。途中白山神社に至る分岐がありますが、左の道を進んでください。(神社への道は分かりにくいので普通に歩いていると城の方に進みます)

主郭はこの寺の裏から山道を10分弱進んだ所になります。

妙法寺が標高35m、写真の寺が197m、主郭のある番神山山頂は224mです。

遺構は郭、石垣などが残っていますが、薄暗い森で眺望はありません。そのかわり、手前の寺からは大村湾や向かいの山の茶畑などがよく見えます。

石段の道は苔むしている所が多く、滑りやすいです。スニーカー程度でも大丈夫だと思いますが、滑りにくいものを準備するのが無難です。

松岳城の周辺スポット情報

 重城(周辺城郭)

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