湯野田城(ゆのたじょう)

湯野田城の基本情報

通称・別名

嬉野城

所在地

佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿屯城丙2524

旧国名

肥前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

嬉野(宇礼志野)通久

築城年

天文2年(1533)

主な改修者

主な城主

嬉野氏

廃城年

不明

遺構

石垣

指定文化財

再建造物

周辺の城

重城(長崎県東彼杵郡)[5.1km]
蟻尾城(佐賀県鹿島市)[9.0km]
小峰城(長崎県東彼杵郡)[10.0km]
潮見城(佐賀県武雄市)[10.4km]
鹿島城(佐賀県鹿島市)[10.5km]
塚崎城(佐賀県武雄市)[10.9km]
おつぼ山神籠石(佐賀県武雄市)[11.6km]
常広城(佐賀県鹿島市)[11.8km]
住吉城(佐賀県武雄市)[13.7km]
須古城(佐賀県杵島郡)[14.9km]

湯野田城の解説文



湯野田城(ゆのだじょう)は佐賀県嬉野市嬉野町に存在した山城。

概要 

嬉野市にある標高111mの東端権現山に位置する。武雄や鹿島、彼杵を結ぶ要衝の地だった。

天文2年(1533年)、稲佐城の嬉野通久が当地に移って築城した。嬉野氏は初め有馬氏に属したが、天正4年(1576年)に嬉野直通が龍造寺氏の傘下に寝返り、この頃までには日守城を本拠としていた。

参考文献 

  • 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(43.熊本県)』、角川書店、1987年

湯野田城の口コミ情報

2022年09月27日 龍馬備中守【】
湯野田城



佐賀県の嬉野市にある【湯野田城】概要が少な目なので口コミ入れときます♪別名を嬉野城とも呼びます♪長崎街道を眼下に、権現山を加工した中世の山城になります♪

天文年中に(1532年〜1555年頃)嬉野但馬守通久が稲佐城より、この城郭に移り築城しています♪往時、この一帯は島原・有馬氏の勢力下にありました☆嬉野氏は五百三十町歩の領地を有馬晴純に確認させていて、龍造寺氏、後藤氏に対抗しました♪

小川内から上岩屋に向かう道筋の南側には日守城があります♪この日守城は嬉野但馬守通久の子・嬉野直通が築城していて、鹿島方面、彼杵(長崎)にも抜けられて間道も開けている場所にあって所謂、軍事的な拠点になっています♪
それに対して、この湯野田城は平時の際に籠り政務をおこなっていた城郭になります♪

九州治乱記は鹿島・横造城の戦いの中で、
『藤津日守の城主・宇礼志野直通といふ者、有馬方にいたりしが、如何なる所存や出来りけむ、忽ち飜り、脇備より引払つて、龍造寺の陣へ馳さ加はる』
嬉野直通の龍造寺氏への寝返りを伝えています♪

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore