島原城(しまばらじょう)

島原城の基本情報

通称・別名

森岳城、高来城

所在地

長崎県島原市城内1

旧国名

肥前国

分類・構造

連郭式平城

天守構造

独立式層塔型[4重5階/1626年築/破却(廃城令)]、独立式層塔型[5重5階/1964年築/RC造復興]

築城主

松倉重政

築城年

寛永元年(1624)

主な改修者

主な城主

松倉氏、松平(深溝)氏

廃城年

明治3年(1870)

遺構

曲輪、石垣、横堀(水堀)

指定文化財

再建造物

天守、丑寅櫓、巽櫓、西櫓(外観復元)、石碑、説明板

周辺の城

寺中城(長崎県島原市)[4.1km]
深江城(長崎県南島原市)[8.5km]
神代城(長崎県雲仙市)[13.0km]
釜蓋城(長崎県雲仙市)[14.7km]
山田城(長崎県雲仙市)[16.9km]
日野江城(長崎県南島原市)[18.0km]
高道城(熊本県玉名市)[19.6km]
原城(長崎県南島原市)[20.7km]
竹崎城(佐賀県藤津郡)[23.0km]
大矢野城(熊本県上天草市)[23.6km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

91 島原城

設置場所

島原城受付窓口[地図

島原城の解説文



島原城(しまばらじょう)は、長崎県島原市城内にあった日本の城。別名は「森岳城」や「高来城」。城跡は長崎県指定史跡に指定されている。

概要 

有明海に臨み、雲仙岳の麓に位置する。城郭の形式はほぼ長方形の連郭式平城で、高く頑丈な石垣が特徴である。本丸は周りを水堀で囲まれており、二の丸と廊下橋形式の木橋一本で繋がれている。橋を壊せば本丸を独立させることが出来るが、逆に袋の鼠状態になり、しかも廊下橋は防備上、矢玉が当たりにくくなるので、縄張の欠陥とも言える。同じ事例に、高松城の天守曲輪(本丸)がある。また、天守は破風を持たない独立式層塔型5重5階(初重の屋根を庇として4重5階とも)で最上階の廻縁高欄を後に戸板で囲ったため「唐造り」のようになっていた。

江戸時代は島原藩の政庁であり藩主の居所であった。成立当時の領主である松倉氏の知行は4万石であったが、総石垣で天守と櫓49棟を建て並べた。火山灰や溶岩流でなる地盤での普請工事は困難であったとされ、続く松倉勝家の代に領民の一揆を引き起こす一因となった。

明治以降は廃城処分となり建物などは撤去され、現在は本丸に天守・櫓・長塀が復興され、城跡公園となっている。

石垣と堀は江戸時代から残っている。堀では1950年代まで農家が栽培していたレンコンが根付いており、秋にレンコン掘り大会が開かれる[1]

歴史・沿革 

江戸時代

  • 1616年(元和2年) - 有馬直純が日向国延岡藩に転封になり、代わって松倉重政が有馬氏の居城であった日野江城に入城する。
  • 元和4年(1618年) - 日野江城は手狭であったので島原城の築城を開始する。
  • 1624年(寛永元年) - 島原城完成。
  • 1637年~1638年(寛永14年~15年) - 初代重政、2代勝家の圧政により島原の乱が起こる。勝家は領内を騒乱に導いた責により斬首。松倉氏は改易となる。
  • 1638年(寛永15年) - 高力忠房が4万石で入封。以後、譜代大名が4家入れ替わる。

近現代

  • 1871年(明治4年) - 廃藩置県により、島原県となる。この時の藩主は松平(深溝)家であった。
  • 1874年(明治7年) - 廃城令により、廃城処分となり土地建物などが民間に払い下げとなる。
  • 1876年(明治9年) - 天守以下建造物が破却される。本丸は畑地となり、三の丸には島原中学(現・島原高校)など学校が建ち並んだ。
  • 1960年(昭和35年) - 西櫓復元。
  • 1964年(昭和39年) - 天守復元。キリシタン資料・藩政時代の資料を展示する歴史資料館となっている。
  • 1972年(昭和47年) - 巽櫓復元。巽櫓は地元出身の彫刻家・北村西望の作品を展示する西望記念館となっている。
  • 1980年(昭和55年) - 丑寅櫓、長塀復元。
  • 1996年(平成8年) - 雲仙普賢岳噴火災害を伝える「観光復興記念館」開館。
  • 2006年(平成18年)4月6日 - 日本100名城(91番)に選定された。
  • 2016年(平成28年)2月18日 - 城跡が長崎県指定史跡に指定。
  • 2021年(令和3年)3月 - 『長崎県指定史跡島原城跡保存活用計画』を策定

遺構 

建物

城内に再移築された建造物として、御馬見所(おんうまみしょ)がある。また、搦手門であった諫早門の門扉が城内の民具資料館丑寅櫓の中で展示されている。この他、雲仙市小浜町の歴史資料館に二の丸御門が、市内本光寺町の本光寺常盤歴史資料館に三の丸にあった御茶屋常磐御殿が、それぞれ移築され現存する。

本丸・二の丸にある施設 

  • 西望記念館(巽の櫓) - 北村西望の個人美術館
  • 民具資料館(丑寅の櫓)
  • 観光復興記念館
  • 御馬見所(国の登録有形文化財)
  • 島原文化会館(二の丸) - コンサートホール

イベント 

  • 島原城薪能(10月)
  • 不知火まつり(10月)

交通アクセス 

  • 島原鉄道 島原駅から徒歩10分

周辺 

  • 島原武家屋敷街 - 武家屋敷水路、篠塚邸、山本邸、鳥田邸、さかきばら郷土史料館、時鐘楼
  • 森岳商店街 - 青い理髪舘、猪原金物店、絃燈舎、森岳酒蔵、宮崎商店、佐久間邸跡(以上は国の登録有形文化財)

参考文献 

  • 【書籍】「定本 日本城郭事典」

島原城の口コミ情報

2022年06月28日 モコ中務少輔ヤス
島原城



城の入り口で武将隊の方居ました。歌や踊りなど披露していてとても良かったですよ。城から見る景色はとても良かったです。

2022年06月05日 あめだま左近衛少将
島原城



2年ぶり2度目の来訪です。3の丸は区画整理で街としては綺麗になっておりますが、幾分か古き良さが失われていると感じます。その中でも健気に町のシンボルとして夜の陣等で遅くまで管理されている関係者の皆様には頭の下がる思いです。夜の陣を堪能しすぎると帰りのフェリー時間に間に合わなくなるのでお気をつけください。

2022年05月07日 ジョウ肥後守
島原城

現在、築城 400年記念御城印が、限定で発行されています。

2022年03月23日 れいまさはな右兵衛尉
島原城



場内の展示品が充実しています。眺めもいいです。

2022年02月09日 総州荒木氏始祖武蔵守まさ
島原城



車だと天守の下が駐車城なので掘りと石垣を楽しめません。車を置いて徒歩で堀を一周することをお勧めします。原城の天草四郎像、岐阜城の信長像のレプリカがあるのが微笑ましいですね。

2021年09月18日 肥後守まちゃこ
島原城

天気のよい日は天守閣からの眺めが最高です。駐車場は有料ですが1日停めておけるのでお城の回りも散策できます。お城のなかは階ごとにテーマを作って資料の展示が豊富です。

2021年07月24日 多咲刑部少輔兼定
島原城



クルマで天守閣のすぐ横まで行ける数少ないお城。

2021年05月04日 安濃津伊勢守壱午【若】
沖田畷古戦場跡、供養碑[島原城  寺社・史跡]



天正12年、龍造寺隆信は島原半島で叛旗を翻した有馬晴信に戦いを仕掛けた。晴信は島津氏に援軍を要請し、3月24日朝、龍造寺隆信率いる2万5千、有馬晴信・島津家久率いる5千がこの地で激突する。兵の数では圧倒的に龍造寺軍が優勢であった。龍造寺軍は兵を山手側、海岸側、中央側の三手に分けて、有馬居城日野江城を目指した。中央側は左右を沼地に囲まれた湿地帯であったため、大軍を展開することが困難であった。龍造寺中央先鋒部隊が島津軍に破られ後退し、道が細く身動きが取れなくなる。混乱した龍造寺軍は三方から攻めかかられ総崩れとなり、家久家臣川上忠堅の放った鉄砲が大将隆信に命中し、隆信は呆気なく56年の生涯を閉じた。残った龍造寺軍は鍋島直茂を中心に佐嘉まで撤退することに成功する。しかし、この合戦において、龍造寺氏は衰退を余儀なくされる。

現在、沖田畷古戦場跡には石碑、説明板のみが設置されている。国道沿い入口に看板が設置されているため分かりやすいはずだ。駐車場は無いため、近くのドラッグストアに停めさせてもらった。遺構などというものは全く無いが、この地で沖田畷の戦いが起きたと思うと、非常に感慨深い。

2021年05月01日 鼻毛伸ばし関白アホなフリ
島原城

甲冑の展示品良かった。刀の波紋もじっくり観察できました。

2021年01月02日 崎内蔵助
島原城

天守閣からは島原市内が一望でました。あいにく天気が悪く対岸の熊本はみえませんでしたが、普賢岳は迫力がありました。

2020年12月24日 みそしる筑前守道雪
島原城



城内本丸横に駐車場(350円ぐらい)があり珍しい(゚∀゚)
本丸内展示物もキリシタン関連から鎧刀、民族関連物などなどかなりの量があり、学生時代に習った教科書に出て来るような物も多くあります。中には水神様(河童)の手足?も展示してます(笑)
城内にキャンピングカーなどで泊まれるようで電源などの設備もあります。車を持ってない方でもレンタルでトレーラーやキャンピングカーを借りて泊まることも可。
近隣では雲仙・普賢岳も間近に見え大きさと力強さわ感じることができ、道の駅ふかえでは災害当時の被災住宅の展示(無料)を見ることが出来ます。恐ろしさを痛感!
またご当地スイーツで、寒ざらしが有名です。

2020年09月22日 明石家船上
島原城



建物は再建で、なんちゃって天守閣ですが、堀は横矢が掛かる様子が、外周を歩くとわかります。
武家屋敷とおりでは、割下水が道の真ん中を通っており、何年使っているのでしょう、な街歩きでした

2019年03月24日 三木肥前守上の丸
島原城

西側の眉山(山体崩壊している)が迫力有ります。東側は海に近く、城に繋がる入江が残っています。

2017年07月13日 りょうた
島原城

島原城にたいしては辛口な文献が多いみたいですが、破風なし天守はある意味戦いを意識したのかも。単純な縄張りだけど虎口は結構技巧的 来場の際は是非とも狭間から見下ろしてください

2017年05月10日 織田上総介晃司
島原城

本丸天守前に駐車場。天守を撮影しようとすれば車が写り込む…それにもめげず撮影。
そして城外に出て水堀越しに天守と巽櫓を撮影。

天守は破風のない層塔型でシンプルに見えるかと思いますが、築城当時は最先端。

島原城のすぐ傍に郷土料理の具雑煮が食べれるお店があります。

島原には寒ざらしというスイーツもあります。

2016年07月27日 飲んだくれ山城守ジョニィ
島原城

本丸内が駐車場になってます。
自動車では訪れやすいですが、景観が…

2014年12月06日 みーしか備前守
島原城

【写真撮影】
日の沈む方角に雲仙がある為、日没の写真は撮れません。赤く染まる写真は朝焼けの時のみ可能です。

2013年05月01日 慶 士郎
島原城

2013年4月の月間城主に就かせて戴きました‥
我が本貫地近江彦根藩とは親戚である島原藩‥
清らかな水が流れ
桜舞う御城下でありました(^w^)

2012年02月12日 大宰少弐ためぞう
島原城

建物は外観復元がほとんどだけど、城の縄張りがおもしろい!しかも、お堀が菖蒲園になっていて、降りてお彫りの中を散策できる。

2011年09月17日 ムッシュ荒木ムラ村重
島原城

チビッ子は忍者、大人は甲冑とコスプレイヤーに早変わりできます
でも、ここまで来たら城だけではなく、観光復興記念館も見学していってください
大火砕流で消防団員の父を亡くした女子中学生の手記「あの日帰らぬ父に」は、子育て世代には涙なしには読めません

2010年07月09日 tomm加賀守
島原城

郷土料理の「がんば(フグ)」や「具雑煮」が美味でお薦めです!

島原城の周辺観光情報

武家屋敷街水路

屋敷街の中央に流れる清水は、当時飲料水や生活用水に使われ、以来400年近く武家屋敷と水路が当時の姿のまま残り、今では島原を代表する水の名所として、毎日たくさんの観光客が訪れます。

沖田畷古戦場跡

龍造寺軍戦死者約3000名など両軍の犠牲者を埋葬した所に供養塔を立っており、近くの二本木神社では、隆信公を失った家臣たちが戦死をいたみ、小祠を建て霊を祀っています。

情報提供:島原市産業部しまばら観光おもてなし課

島原城の周辺スポット情報

 島原藩 武家屋敷(遺構・復元物)

 丑寅三重櫓(遺構・復元物)

 巽三重櫓(遺構・復元物)

 天守(遺構・復元物)

 西三重櫓(遺構・復元物)

 武家屋敷佐久間邸(遺構・復元物)

 南堀(遺構・復元物)

 二の丸(遺構・復元物)

 本丸(遺構・復元物)

 東堀(遺構・復元物)

 西堀(遺構・復元物)

 三の丸(遺構・復元物)

 山本邸(遺構・復元物)

 北堀(遺構・復元物)

 篠塚邸(遺構・復元物)

 鳥田邸(遺構・復元物)

 丸尾城(周辺城郭)

 沖田畷古戦場跡、供養碑(寺社・史跡)

 桜井寺(寺社・史跡)

 松倉豊後守重政の墓(寺社・史跡)

 江東寺(寺社・史跡)

 島原城受付窓口(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 島原城跡公園(関連施設)

 島原文化会館(関連施設)

 観光復興記念館(関連施設)

 郷土史料館(関連施設)

 桜門公園(関連施設)

 島原駅(その他)

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