神代城(こうじろじょう)

神代城の基本情報

通称・別名

鶴亀城、蓑鶴城

所在地

長崎県雲仙市国見町神代

旧国名

肥前国

分類・構造

海城

天守構造

築城主

神代貴益

築城年

南北朝時代

主な改修者

主な城主

神代氏

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、横堀(空堀)、土塁、櫓台、虎口

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

山田城(長崎県雲仙市)[8.3km]
寺中城(長崎県島原市)[9.4km]
竹崎城(佐賀県藤津郡)[10.5km]
釜蓋城(長崎県雲仙市)[10.5km]
島原城(長崎県島原市)[13.0km]

神代城の解説文

亀城(つるかめじょう)は、長崎県雲仙市国見町にある東西350m×南北450mの大きな海城跡である。別名、神代城。

概要
現在、本丸跡は神代神社・稲荷神社となっており、二の丸、三の丸、大手門跡は田畑が広がっている。鶴亀城の支城として西に尻無城、長浜城などがあり、東に切通砦、大坪城、浅井城があった。大手門は北側にある海辺に存在し、高さ25mの天守があったとされる。

歴史
南北朝時代、神代貴益により築城されたとされる。以後、戦国時代末期まで神代氏の居城であった。1584年(天正12年)の沖田畷の戦いのときには龍造寺軍の本陣でもあった。その折、有馬晴信は攻撃するも攻略不可能と判断し、それ以前以後も戦闘による陥落経験のないとされる難攻不落の城であった。(諸説あり) 豊臣秀吉の天下統一後の九州国分では、鶴亀城を含む神代地区は佐賀鍋島氏の支藩に割り当てられた。江戸時代初期、鶴亀城の整備が行われたが、一国一城令により取り壊され、廃城となる。

神代城の口コミ情報

水瀬駿河守名雪様[2015年06月28日]
【駐車場】
有。神代町駅裏から小学校側に行き、川を渡ってすぐに無料駐車場がある。

【城情報】
駐車場から城址を目指すと、左手に神代神社がある。ここが本丸跡である。右手には二の丸、三の丸跡があるが、現在は農作物が育てられており、あまり深い立入は難しい。入口付近にちょっとした石垣有。

【他の見所】
駐車場から鶴亀城(神代城)を目指すと、途中に旧鍋島邸がある。(10:00~、月曜日休館)ここには緋寒桜があるようだ。(今回は入館出来ず)また、この辺り一帯は神代小路として、景観保管地域となっている。

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