釜蓋城(かまぶたじょう)

釜蓋城の基本情報

通称・別名

千々石城

所在地

長崎県雲仙市千々石町己小倉名字城山

旧国名

肥前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

千々石直員

築城年

永禄12年(1569)

主な改修者

主な城主

千々石氏

廃城年

遺構

曲輪、横堀(空堀)

指定文化財

市史跡(釜蓋城跡)

再建造物

模擬櫓(展望台)、石垣、塀、石碑、説明板

周辺の城

山田城(長崎県雲仙市)[4.8km]
神代城(長崎県雲仙市)[10.5km]
宇木城(長崎県諫早市)[12.4km]
小野城(長崎県諫早市)[12.5km]
寺中城(長崎県島原市)[13.8km]

釜蓋城の解説文

釜蓋城(かまぶたじょう)は、有馬氏の家臣千々石淡路守直員(千々石ミゲルの実父)が城主として付近一帯を支配拠点とした、標高154mの山城である。

概要
現在、本丸跡は神代神社・稲荷神社となっており、二の丸、三の丸、大手門跡は田畑が広がっている。鶴亀城の支城として西に尻無城、長浜城などがあり、東に切通砦、大坪城、浅井城があった。大手門は北側にある海辺に存在し、高さ25mの天守があったとされる。

歴史
1569年 築城。1577年 有馬氏と対立していた佐賀・龍造寺隆信の軍が千々石を攻める。当時、千々石と釜蓋城を守っていた千々石大和守直員(淡路守養子)は奮闘するも、有馬援軍の遅れもあって、家臣とともに自刃。

現在
城のあった山の麓には、大和守の遺言により建てられた天満宮が残る。城跡は公園として整備されており、グラウンドや展望台などから千々石湾と千々石の街並みを望むことができる。また、城山を下りると「軍神」として有名な橘中佐を祀った橘神社がある。

毎年春には千々石氏とその家来らを偲んで、武者行列に松明を灯し町内を行進してゆく観応火宴が催される。

釜蓋城の口コミ情報

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