亀城(かめじょう)

亀城の基本情報

通称・別名

亀ヶ城、鶴亀城

所在地

鹿児島県薩摩川内市里町字城山

旧国名

薩摩国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

小川季直

築城年

鎌倉時代

主な改修者

主な城主

小川氏、島津氏

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、石垣、横堀(水堀)、井戸

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

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亀城の解説文

鶴城と併せて「亀鶴城」とも言う。鶴城跡は、この地から南200mに見える丘で、「古城」とも言う。亀鶴城は、高所から眺めると形が亀と鶴が相対しているようで、その名がある。

概要
亀城は通称「城山(じょうやま)」または「一之段」ともいわれ、地形は南北に細長く周囲は堀で囲まれ堀田(ほいだ)と呼ばれていた。

歴史
鶴城は、もと甑隼人の居城であったという。甑隼人は、阿多隼人・大隅隼人などとともに大和朝廷に奉仕して位官を授かっていることが『続日本紀』にも見えている。鎌倉時代に甑島は小川氏の所領となり、13代370余年この城を中心として治世したという。小川氏は日野宰相宗頼の子孫で、南関東に勢力があった。

承久の乱(1221年)のとき、小川小太郎季能は鎌倉方に参じて北条義時の軍に従ったが、宇治川の戦いで功をたて、肥後国益城郡の一部と甑島を与えられた。

季能の子季直が初めて新補地頭として甑島へ入部し、亀城を居城したという伝承がある。

明治の廃藩置県までは島津の直轄であり、亀城は外城政治の中心地であった。明治以降、太平洋戦争までの戦没者追悼の碑が建立され、例年4月1日には、村民こぞっての慰霊祭が行われる。

亀城跡は村指定文化財(史跡)として、昭和53年に指定されている。

提供:薩摩川内市教育委員会文化課

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