鶴が岡城(つるがおかじょう)

鶴が岡城の基本情報

通称・別名

鶴ヶ岡城、東郷城、[本丸、国見城、川原城、高城、二の丸、山崎城、南城]

所在地

鹿児島県薩摩川内市東郷町斧渕三ヶ郷

旧国名

薩摩国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

東郷実重

築城年

宝治2年(1248)

主な改修者

主な城主

東郷氏、宮之城島津氏

廃城年

天正15年(1587)

遺構

曲輪、堀切

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

平佐城(鹿児島県薩摩川内市)[6.9km]
虎居城(鹿児島県薩摩郡)[11.2km]
清色城(鹿児島県薩摩川内市)[11.7km]
串木野城(鹿児島県いちき串木野市)[16.9km]
阿久根城(鹿児島県阿久根市)[18.3km]
出水城(鹿児島県出水市)[22.3km]
市来鶴丸城(鹿児島県日置市)[23.5km]
木牟礼城(鹿児島県出水市)[24.0km]
郡山城(鹿児島県鹿児島市)[25.0km]
蒲生城(鹿児島県姶良市)[26.6km]

鶴が岡城の解説文

鶴が岡城(つるがおかじょう)は、斧渕の三が郷にあり、高さ約50m、南北1㎞、周囲約3.8㎞に及ぶ起伏した丘陵地帯で、東は樋渡川、西は田海川に挟まれた一大城跡である。

歴史
渋谷東郷氏の居城で別名東郷城ともいい、鎌倉時代から南北朝、室町、安土桃山時代にかけて340年間居城し、その後宮之城島津家も居城とした。廃城の年は不明である。

構造・遺構
極めて広汎な地域を占め、その間丘陵の起伏が複雑であって、山林や畑地等が交錯しその全貌を捕捉することは困難で、迷路が多いので土地の人は「蟹の巣(がねんのす)」と呼んでいる。

本城は郡内古城中最も広大な地積を占め複雑な地形を利用して多くの出城と登り口を有し、特に本丸や二の丸など自然の地形を巧みに人工を施し、また大手口、搦手口など中古以来の築城形式を具備する等、川内・祁答院地方にその比を見ない名城跡であり、南瀬対岸の入来院氏の出城である久住城とともに、川内地方における最も複雑な築城構造の古城として有名である。

提供:薩摩川内市教育委員会文化課

鶴が岡城の口コミ情報

2020年12月05日 一寸榎備前守
鶴が岡城



新しく案内板が設置されてました。
本丸跡へは倒竹、倒木があり道も不明瞭ですが高い土塁がよく残っておりました。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore