大矢野城(おおやのじょう)

大矢野城の基本情報

通称・別名

大矢野中村城

所在地

熊本県上天草市大矢野町

旧国名

肥後国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

大矢野氏

廃城年

遺構

曲輪、井戸跡

指定文化財

市史跡(大矢野城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

矢崎城(熊本県宇城市)[10.6km]
上津浦城(熊本県天草市)[15.9km]
深江城(長崎県南島原市)[16.8km]
原城(長崎県南島原市)[17.2km]
八代城(熊本県八代市)[18.0km]

大矢野城の解説文

大矢野城は、熊本県上天草市大矢野町中483に位置する天草諸島の大矢野島の国衆である大矢野氏の城跡です。位置する場所が江戸時代に「中村」であったため、「中村城」と呼ばれていました。字名や地域での呼称に「城本」「城山」「大門口」などの地名が残っています。

現在は大矢野中学校(昭和20年ごろ建設)の敷地となっています。

昭和52年に旧大矢野町指定文化財(史跡:大矢野城址)となり、現在は上天草市指定文化財となっています。

史跡の説明
天草五人衆のひとり大矢野氏の居城といわれています。付近には古城、陣床とよばれる二つの城跡があります。古城は現在古城山遍照院があり、大矢野氏関係の城といわれています。陣床は古城に隣接していることから、古城と陣床を一つの城としてとらえる見方や、陣床を古城の出城(砦)としてとらえる見方があります。

大矢野城のI郭(主郭)は大矢野城で最も標高が高い部分であり、当時の地形をよく残しています。この場所は地域で城山と呼ばれており、城が存在していた当時の状況を伝えています。I郭内からは発掘調査によって井戸跡が出土しており、井戸内からは木器や燈明皿が出土しています。大矢野城の本来の範囲は現在の大矢野中学校が位置する丘陵一帯であると想定されています。

現在、I郭内には、大矢野城周辺から大矢野氏に関係するとされる石塔群が移設されており、その中の6基の五輪塔が上天草市の有形文化財に指定されています。また、I郭の中心部には、城主である大矢野氏を顕彰する石碑が建てられています。

参考文献
(1)『上天草市史大矢野町編2 大矢野氏の活躍』、2007年、上天草市史編纂委員会編
(2)『上天草市史大矢野町編資料集4』、2008年、上天草市史編纂委員会編

情報提供:上天草市教育委員会社会教育課

大矢野城の口コミ情報

加藤定義さん[2010年11月24日]
現在は大矢野中学校の一角にあり、城として認識することは少し困難です城跡には、元寇の蒙古襲来絵詞に描かれている大矢野氏を讃える石碑、五輪の塔、井戸跡が残っています

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