安岐城(あきじょう)

安岐城の基本情報

通称・別名

所在地

大分県国東市安岐町下原字古城

旧国名

豊後国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

田原親幸

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

熊谷直盛

主な城主

田原氏、熊谷直盛

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、石垣

指定文化財

市史跡(安岐城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

吉広城(大分県国東市)[8.0km]
杵築城(大分県杵築市)[10.9km]
富来城(大分県国東市)[15.1km]
沓掛城(大分県杵築市)[16.3km]
日出城(大分県速見郡)[21.3km]

安岐城の口コミ情報

にゃにゃーにょ豊後守様[2015年02月01日]
今は昔、伊予灘と安岐川に面し四重の堀で守られた堅固な城ありけり。

安岐城は、豊後国の国東半島の東南の安岐漁港の北側の台地上にあった城なのじゃ。
大分空港から国道213号線の南方わずか1Km程の楓江大橋の袂のY字に分かれた道沿いに城跡があるぞい。

『天満社』社殿が天守台跡に鎮座しており、参道が土塁の上を通り石垣風入口の所に説明板があるのじゃ。
天守台にはわずかに石垣が残っており、土塁の外側にも内堀が現存しておるのじゃ。
「安岐城碑」は、すこし国道方にある別の細い道の奥にあるぞい。
現在周辺は住宅地となってしまっておるが、古城(ふるしろ)と云う地名にかつての名残をとどめておるのう。


★安岐城は、応永年間(1394〜1428年)に田原親幸が築城したそうじゃ。
その後も田原氏が城主じゃったが大友氏改易後に、熊谷直盛が1万5千石で入城し織豊系城郭へと大改修したのじゃ。

しかし何故、この石高で大規模な城郭に改修できたのか?
それは熊谷氏の居城としてだけでなく、豊臣政権下で豊後国・瀬戸内海掌握の為の“豊臣氏の城”としての一面も併せ持っておったからなのじゃ!

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore