鶴崎城(つるさきじょう)

鶴崎城の基本情報

通称・別名

所在地

大分県大分市南鶴崎3

旧国名

豊後国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

吉岡長増

築城年

戦国時代

主な改修者

主な城主

吉岡氏

廃城年

江戸時代

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

大友館(大分県大分市)[7.0km]
津守館(大分県大分市)[7.5km]
府内城(大分県大分市)[7.5km]
上原館(大分県大分市)[7.5km]
賀来館(大分県大分市)[12.7km]

鶴崎城の解説文

鶴崎城(つるさきじょう)は、大分県大分市鶴崎にあった日本の城である。大友氏家臣の吉岡氏の居城であった。

概要
室町時代後期に、大友義鑑・大友義鎮(宗麟)に仕えた吉岡長増(宗歓)によって築城されたと伝えられている。天正14年(1586年)の島津氏の豊後侵攻の際に、長増の子・鑑興の妻であった妙林尼が智謀を用いて籠城を続けたことで有名。

江戸時代に入ると、鶴崎は熊本藩の所領となり、この城は廃城とされた。跡には熊本藩鶴崎御茶屋が置かれ、豊後国内の熊本藩所領の統治にあたった。

近年、大分市立鶴崎小学校、大分県立大分鶴崎高等学校の校地から遺構が発見されており、大野川と乙津川に挟まれた水上交通に利便な地にあったことが確認されている。

鶴崎城の口コミ情報

加藤豊後守清正様[2010年11月04日]
かつてこの場所は、建物が密集し、鶴崎支所あたりと道の反対側に堀と船着き場があったとか、地形も当時のまま。

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