賀来館(かくやかた)
賀来館の基本情報
通称・別名
- 賀来氏館
所在地
- 大分県大分市大字賀来
旧国名
- 豊後国
分類・構造
- 平城
天守構造
- -
築城主
- 賀来惟永
築城年
- 鎌倉時代
主な改修者
- -
主な城主
- 賀来氏
廃城年
- -
遺構
- 消滅
指定文化財
- -
再建造物
- 石碑(賀来荘地頭賀来氏館趾)
周辺の城
-
上原館(大分県大分市)[5.2km]
津守館(大分県大分市)[5.4km]
大友館(大分県大分市)[5.8km]
府内城(大分県大分市)[5.9km]
鷲ケ城(大分県大分市)[6.0km]
高崎山城(大分県大分市)[6.0km]
立石城(大分県別府市)[12.4km]
鶴崎城(大分県大分市)[12.7km]
鶴賀城(大分県大分市)[13.2km]
日出城(大分県速見郡)[17.9km]
賀来館の口コミ情報
2026年06月18日 【猛】源九郎豊前守牛若丸
賀来館
天満社のための駐車場?空き地?がありそこに駐車できます。
近くに賀来神社がありその関係性や違いは分かりませんが、周辺一帯が賀来氏の館だったそうです。
そして周囲をよく観察すると館の東に大分川があり北には大分川に合流する形で賀来川があるので、これらを天然の濠として利用したことが想像でき、それだけでなく別府湾へと繋がっているので交易にも適していたと考えられます。
さらに南には豊後国分寺もあり、その近くに豊後国府もあったと予想されるので賀来氏はかなり力があったのではないかと思われます。
ただ館跡の石碑には賀来荘という記載があり一帯が荘園だったことがわかりますが、賀来川と大分川の位置関係を考えると氾濫が頻発してそうな感じもするので、館が水没したりしなかったのかと考えたりもしました。
今は遺構はありませんが地図と照らし合わせると興味深い館跡です。
2022年03月18日 【猛】源九郎豊前守牛若丸
稙田市遺跡[賀来館 周辺城郭]
「大分の中世城館」には、発掘調査により発見された、60m×55mの長方形に溝の廻る屋敷跡とありました。
2021年05月22日 【猛】源九郎豊前守牛若丸
金谷迫丸山城[賀来館 周辺城郭]
「日本城郭大系」には、大友氏の支城として紹介されていました。一説には柞原神社大宮司の居城だったとも伝えられているようです。
2021年05月09日 ドン豊後守ティファニー
大友頼泰墓[賀来館 碑・説明板]
大友頼泰は大友家第三代当主です。大友家惣領として初めて豊後に入国し、以後大友氏は豊後に土着し勢力を築きました。
鎌倉時代後期、特に元寇の際は九州内の武士への軍事指揮権を幕府から与えられ、活躍しました。
各部位に梵字が刻まれています。
中程、破損箇所が認められます。
花が供えられ、綺麗に整備され祭られている場所です。
駐車場らしき場所も確認できました。









