津守館(つもりやかた)

津守館の基本情報

通称・別名

松平忠直居館

所在地

大分県大分市津守

旧国名

豊後国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

松平忠直

築城年

寛永3年(1626)

主な改修者

主な城主

松平忠直

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

上原館(大分県大分市)[1.6km]
大友館(大分県大分市)[2.3km]
府内城(大分県大分市)[3.5km]
賀来館(大分県大分市)[5.4km]
鶴崎城(大分県大分市)[7.5km]

津守館の解説文

津守館(つもりやかた)は大分県大分市津守にあった松平忠直(一伯)の居館である。そのことから松平忠直居館ともいわれる。

遺構
大分市街地南部、大分川の南東の河岸段丘に位置する平城(居館)である。

明治頃まで館周辺は竹藪に覆われ『一伯公伝記』に書かれた「四方大堀」の名残とも考えられる泥沼が残っていた(『今昔』)とされるが、現在は宅地化によって遺構は失われ、JR滝尾駅から西に向かって延びる道路沿いの居館跡に建つ「史蹟 松平忠直居館址」の石碑と説明板が往時を偲ばせるのみである。

歴史
館主である松平忠直は結城秀康の子で徳川家康の孫にあたる人物で、文禄4年(1595)に生まれた。大坂の陣で真田信繁(幸村)を討ち取る大功を上げたものの、戦後の論功行賞への不満から乱行が目立つようになり(諸説あり)、そのことから元和9年(1623)に幕府から隠居を命じられ竹中氏の豊後府内藩へ配流された。

忠直ははじめ萩原(現在の大分市萩原)に館を構えたが、3年後に津守に居館が造られ移り住んだ(『大系』、『今昔』)。萩原では配流前の忠直を思わせる乱行の伝承も残るが津守に移った後は次第に神仏を信仰するようになり、同地の熊野神社や霊泉寺などへの寄進を行い(『今昔』)、慶安3年(1650)に同地で没した。

現在、熊野神社がある碇山全体が碇山公園として整備され、神社には松平忠直の遺品『熊野権現縁起絵巻(全13巻)』が伝わり大分市の有形文化財に指定されている。また、大分市王子西町にある松平忠直公廟は本堂、庫裏などともに国登録有形文化財に指定されている。

交通
JR九州豊肥本線滝尾駅から徒歩で約5分

参考文献
『分財』:『大分市文化財地図』大分市教育委員会、2013年7月。
『大系』:『日本城郭大系 第16巻』新人物往来社、1980年。
『今昔』:『大分今昔』大分合同新聞社、2008年1月。

津守館の口コミ情報

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