久留米城(くるめじょう)

久留米城の基本情報

通称・別名

篠原城、篠山城、雨城

所在地

福岡県久留米市篠山町

旧国名

筑後国

分類・構造

梯郭式平山城

天守構造

層塔型三階櫓(巽櫓)[3重3階/1620年頃築/破却(廃城令)]

築城主

不明

築城年

永正年間(1504〜1520)

主な改修者

毛利秀包、有馬豊氏

主な城主

毛利氏、田中氏、摂津有馬氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、石垣、横堀(水堀)

指定文化財

県史跡(久留米城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

朝日山城(佐賀県鳥栖市)[4.5km]
神代館(福岡県久留米市)[5.0km]
海津城(福岡県久留米市)[5.6km]
高良山神籠石(福岡県久留米市)[5.7km]
堤土塁(佐賀県三養基郡)[8.1km]

久留米城の解説文

久留米城(くるめじょう)は、筑後国御井郡(現在の福岡県久留米市篠山町)にあった日本の城。

概要
久留米城は久留米市街の北西に位置し、筑後川が西から南へと大きく蛇行し宝満川と合流する左岸地点にあった丘の上に築かれた。江戸時代には久留米藩の藩庁が置かれ、摂津有馬氏の居城であった。明治時代初頭に建物は撤去され、現在は本丸に有馬記念館と篠山神社が建てられ、二の丸・三ノ丸はブリヂストン久留米工場の敷地となり、外郭は市街地となっている。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(183番)に選定された。

沿革
室町時代後期の永正年間(1504年 - 1521年)にこの地の土豪が篠原城と称した砦程度のものを築いたのが始まりと言われる。天文年間(1532年 - 1555年)には御井郡司の某が修築したとの記録がある。この時代は豊後国の大友宗麟(筑後守護でもあった)と肥前国の龍造寺隆信が争っており、この地は双方の勢力が拮抗する場所で度々城主が入れ替わった。

中世(豊臣時代)
天正15年(1587年)豊臣秀吉が九州を平定すると、大友宗麟の娘婿である毛利秀包(羽柴久留米侍従)が13万石で筑後久留米に封じられ堀を掘削し石垣を積み天守を置くなど、織豊期城郭への大改築を行った。

秀包は慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いで西軍についたため戦後改易となった。

近世(江戸時代)
筑後国には田中吉政が32万5千石で封じられ柳川城を本城とした。久留米城は柳川城の支城とし二男の吉信を城主とした。元和6年(1620年)吉政の子、忠政は嗣子なく没し筑後柳川藩田中氏は改易となった。

かわって元和7年(1621年)、丹波国福知山城主有馬豊氏が21万石で封じられた(柳川には立花氏11万5千石)。幕府の御墨付きを獲た豊氏は隣国筑前黒田家の助力も得、筑後の要の城に相応しく、大規模に城を拡張した。以後、明治維新まで久留米は西国の大藩である有馬氏の居城となった。豊氏は田中氏が途中であった城普請を再開し、寛永8年(1631年)筑前国福岡城主黒田長政の指導により筑前堀を完成させ、慶安2年(1649年)から4年掛かりで外郭部を構築し城下町を整備した。元禄4年(1691年)4代頼元の代になって漸く城郭が完成した。

明治4年(1871年)廃藩置県により廃城となり、明治7年(1874年)廃城令によって廃城処分となり建造物は日田の町民が落札、大半の城の建造物は解体された。明治10年(1877年)本丸御殿跡地に篠山神社が建造された。...

久留米城の口コミ情報

はやぶさ様[2017年05月27日]
本丸内の有馬記念館で、本日より7月31日まで、『藩主の肖像』展やってます。藩お抱えの絵師による歴代藩主の肖像画や書状などが展示されてます。入館料200円。

織田修理大夫糀【関ヶ原鑑賞】様[2017年05月10日]
城跡は篠山神社になっており、神社駐車場として蜜柑丸にあります。

駐車場の傍に櫓跡の高石垣と二重の石垣、
神社正面側にまわると水堀と石垣があります。

五瓜ニ唐花紋大納言や〜きみ様[2017年05月08日]
石垣の遺構があります。
神社になっています。
駐車場あり。

さくら様[2016年10月01日]
高校生の頃、部活でランニングの途中に城の石垣にもたれて筑後川に映る夕陽を眺めてたのを思い出すなぁ。
青春の一ページ

まるき〜遠江守様[2016年01月22日]
城址内はそんなに広くないので2〜30分もあれば一通り回ってこられるかな〜と思います
高さのある石垣と北側に堅掘のような切込みが数カ所ありました
城内に篠山神社が設置され 静粛な雰囲気の中、小鳥のさえずりが聞こえたりするリラックスできる場所でした
小倉城から移設されたという東郷元帥の書斎もここにあります

駐車場は東側、高〜い石垣のすぐ下に…

ぷわ様[2012年12月16日]
駐車場は無料です。現在お城の後には篠山神社と小さな資料館があります。

加藤豊後守清正様[2012年02月14日]
歴代城主の中でも田中吉政は、32万石の大名です。二重の多聞櫓、二重櫓、三重櫓を築きまた柳川城では、五重六階の天守を築くなどしていて久留米城も名城と言ってもいいくらいです。現存していれば、なお最高!

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