岩国城(いわくにじょう)

岩国城の基本情報

通称・別名

横山城

所在地

山口県岩国市横山

旧国名

周防国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

複合式望楼型[4重6階/1608年築/破却(一国一城令)]、複合式望楼型[4重6階/1962年築/RC造復興]

築城主

吉川広家

築城年

慶長6年(1601)

主な改修者

主な城主

吉川氏

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、石垣、横堀(水堀)、横堀(空堀)、隠居所長屋

指定文化財

再建造物

天守、旧天守台(発掘復元)、石碑、説明板

周辺の城

亀尾城(山口県岩国市)[2.2km]
亀居城(広島県大竹市)[8.2km]
蓮華山城(山口県岩国市)[11.6km]
鞍掛山城(山口県岩国市)[12.3km]
高森城(山口県岩国市)[12.5km]

岩国城の解説文

岩国城(いわくにじょう)は、山口県岩国市横山にあった城である。

概要
江戸時代初期は岩国領の居城となり、山城である横山城は本丸を中心として南西に二ノ丸、北東に北ノ丸、ほかに水の手などの曲輪が配置され、麓には、「御土居」が築かれた。本丸には4重6階の天守などを上げていたが、廃城後は土居が陣屋として存続した。城下と城を隔てる錦川には錦帯橋が架けられ、特徴的な景観を作り出している。城下町はこの錦帯橋の道筋を基準に整然と整備された。

現在、御土居跡は、吉香公園(きっこうこうえん)として整備され、横山山頂には再建天守がある。

歴史・沿革
江戸時代
慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元は領地を大幅に削減され、広島城から萩城に移封となった。同時に一族であり毛利家存続に注力(結果的に毛利氏は領土を大幅に削減された)した吉川広家も同時に米子城から当地に3万石で封じられた。

慶長5年10月には家臣団が、慶長6年(1601年)には広家がこの地に赴任した。広家赴任と同時に岩国城の築城が開始された。麓に平時の居館となる「土居」と、戦時の城「横山城」が横山山上に築かれた。築城には8年の歳月が費やされ、まず翌慶長7年(1602年)に土居が完成した。土居完成とほぼ同時期に横山城の築城が開始され、慶長13年(1608年)に竣工した。本丸には4重6階の唐造りの天守が建造された。

しかし、完成からわずか7年後の元和元年(1615年)に幕府の一国一城令により横山城が破却され廃城となった。これは、周防国にはこの岩国城のみが存在していたが、長府藩の毛利秀元が居城の櫛崎城を破却したことに合わせざるを得なかったことによる。その後、麓の土居は岩国領の陣屋として、また慶応4年の立藩後はその陣屋として、明治維新まで存続した。

岩国領は本藩である長州藩より長期にわたって独立した支藩として認められず、陪臣として扱われた。これは、関ヶ原の合戦時に吉川家のとった行動が、毛利家中で評価されなかったことと深く関わりがあるとする説があるが、実際には長府藩や徳山藩が長州藩主の子孫による分家として宗家継承権を有していたが、吉川家にはそれがなかったなどの事情があったとされている。当藩は明治維新の年、慶応4年(1868年)に漸く独立の藩として認められ諸侯に列したが、明治4年(1871年)には廃藩置県によって廃藩とされたため、正式に独立した藩の藩庁として機能した時期はわずかだった。

近現代
1885年(明治18年)居館「土居」跡が吉香公園となり、堀端に絵馬堂である錦雲閣(きんうんかく)が旧藩時代の櫓を模して建造され、現存している。また、藩政時代の建造物として寛政年間(1789年 - 1800年)に建てられた昌明館(7代当主経倫の隠居所)の長屋が現存している。

1962年(昭和37年)、本丸南側に「天守構造図」という絵図を元に鉄筋コンクリート構造によって復興天守が建てられた。設計は、藤岡通夫(東京工業大学教授)による。本来の天守台は約30m離れた本丸北側にあったが、麓からの見栄えを重視して建設された。現在見られる、本来の天守台は平成7年(1995年)に発掘復元されたものである。山上には、他に石垣や堀の遺構がある。...

岩国城の口コミ情報

兵部丞ビックリショイン様[2017年05月20日]
駐車場は近くに有料があります。山城ですがロープウェイがあるので体力的には余裕だと思います。錦帯橋もあり風情のあるところです。ぜひ楽しんで下さい。

飲んだくれ山城守ジョニィ様[2017年05月09日]
最近、山頂ロープウェイ駅のあたりで、イノシシの目撃情報があるそうなので天守に向かう際にはご注意を!

小早川安芸守ケンケン優勝様[2017年05月08日]
実際に建っていた場所から少しずらして本丸を再建している。錦帯橋からの眺めを考慮した為だが、百名城選考の際にかなり問題になった。昔は車で本丸まで行けたが、現在はロープウェイで登るか、登山道のみ。

織田大膳大夫晃司様[2017年02月22日]
駐車場はロープウェイ前と錦川右岸・左岸にあります。錦帯橋とセットでリア城攻めするなら左岸駐車場へ。

天守は古文書を元に復興。錦帯橋から見えやすくするため位置は南よりに建てられた。
南蛮造りの天守からの眺めは錦帯橋をはじめ岩国市街が一望できる。

まるき〜淡路守様[2016年05月06日]
イベント中で混雑していましたので誘導に従い河川敷の駐車場に入れて行きましたが…
公園内を抜けた岩国城ロープウェイにも駐車場があり空きがありました、もしかするとみんな知らずに遠い駐車場に誘導されているのかも
この近辺に100種類のソフトクリーム屋さんもありますが決してロープウェイ内で食べないで…(;^_^A
ロープウェイで数分、探索はざっと見て回っても30分もあれば十分かと…
天守内は刀剣の展示と珍しい橋のパネルが主で年に数回展示物が入れ替わり
刀剣に至っては個人所有のコレクションを展示しているらしいです。
最上階はやはり錦帯橋を写真に収めようとする人で南東方向が人気。

ロープウェイ乗り場からまっすぐ川に向かい吉川資料館近くになぜか佐々木小次郎像がありまーす、そして錦帯橋を渡るのにも300円のお金がかかります!
もし城も橋もって方はセット券を購入するのがお得
錦帯橋、ロープウエイ往復、岩国城で 940円だったかな

むじんと兵部大輔監督様[2014年01月04日]
山の上の天守閣なので、地上からの撮影は望遠必須です。
ロープウェーからの道は、最早登山道ですが趣あるポイントも多数あります。

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