中山城(なかやまじょう)
中山城の基本情報
通称・別名
- 中山河津城、中山萩原城
所在地
- 広島県廿日市市河津原
旧国名
- 安芸国
分類・構造
- 平山城
天守構造
- -
築城主
- 河津清勝
築城年
- 鎌倉時代
主な改修者
- 相良氏
主な城主
- 河津氏、相良氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、横堀(空堀)、竪堀
指定文化財
- 市史跡
再建造物
- 碑
周辺の城
-
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中山城の解説文
中山城の口コミ情報
2022年01月30日 安芸守 あきら
駐車場・説明板・登城口[中山城 駐車場]
10台程度駐車できそうです。説明板を読んで、登城口の鳥居をくぐってイザ登城!比高約50m、登城路は少し狭いですが、楽々登城できます。防火水槽があるので、消防車が入ってくる可能性もあるので、邪魔にならない所に駐車させてもらいましょう。Ⅰ郭(主郭)までは運動靴でも楽々行けますが、虎口から下るのは急勾配かつ落ち葉で滑りやすいので、滑りにくいトレッキングシューズがオススメです。虎口を降りて奥に進むと、写真では分かりにくいですが、三重堀切が姿を現します。
2014年05月22日 始馭天下之天皇
中山城
築城年代は定かではないが鎌倉時代に河津氏によって築かれたと云われる。
その後、大内氏の家臣相良氏が城主であったが、厳島合戦の前哨戦ともいわれる折敷畑合戦に勝利した毛利氏は中山城を取り囲み、水の手をきったので相良氏は降伏したという。
説明
城は東へ伸びた丘陵の頂部に築かれている。
主郭部は方形で北と南西に腰曲輪がある。西の尾根は三重の堀切で遮断し、東にも一条の堀切がある。堀切を挟んだ東側は西端に土塁が残り、平坦地が続いているが切岸の加工は少ない。主郭の北斜面に竪堀が残る。
2011年01月29日 毛利安芸守○元
中山城
駐車場から約50m上ります。
小規模ですが、整備されてて散策しやすかったです。
中山城の周辺スポット情報
駐車場・説明板・登城口(駐車場)
本城には石垣こそ用いられていないが、地面を加工して人工の急斜面と削平地を造り出しており、その周囲には三重の堀切や竪堀群、さらに横堀など、発達した空堀が確認できます。土の造形による典型的な中世城郭であります。
本城は安芸国西部の城郭の中では、際だって厳重な防御施設を備えた城であって、現状のような空堀を多彩に駆使した縄張りが完成したのは、このときの改修によるものであろうと考えられます。戦いの舞台となった地域だけに、本城の周囲にも陶方の陣城であった勝成山城、毛利方の築いた狼倉山城など、双方の拠点となった城が点在しています。
現在は地区の人達により公園としての整備がすすんでいます。