宮尾城(みやおじょう)

宮尾城の基本情報

通称・別名

宮ノ尾城、宮尾ノ城、宮ノ城、要害山城

所在地

広島県廿日市市宮島町厳島要害山

旧国名

安芸国

分類・構造

平山城

天守構造

なし

築城主

毛利元就

築城年

天文24年(1555)

主な改修者

主な城主

毛利氏、己斐直之

廃城年

不明

遺構

曲輪、石垣、堀切、井戸

指定文化財

国特別史跡・特別名勝(厳島)

再建造物

説明板

周辺の城

桜尾城(広島県廿日市市)[6.6km]
池田城(広島県広島市)[10.0km]
草津城(広島県広島市)[11.4km]
亀居城(広島県大竹市)[11.9km]
中山城(広島県廿日市市)[12.3km]

宮尾城の解説文

弘治元年(1555)5月、毛利元就は陶晴賢を討つために、厳島に戦場を求めここに城を築き拠点とし、島の町衆を味方に引き入れ、陶軍の広島湾進出を阻止しようと軍備を整えた。

この城は数個の分かれた山城であるが、海上に突きだし、味方の水軍と連絡できる水軍城の特色も合わせ持っていた。

同年9月、晴賢は2万余の大軍を率い厳島に上陸し、五重塔がある塔の岡付近に本陣を置いてこの城を攻撃したが、300余の城兵はよく守り持ちこたえた。

元就は主力の軍を率い、包ヶ浦から上陸して、山を越え背後から陶軍の本陣を急襲し、この城兵も主力軍に呼応して陶軍を壊滅させた。

情報提供:廿日市市環境産業部観光課

宮尾城の口コミ情報

とめ様[2016年03月29日]
今年3月28日に何度目かの登城をしました。
フェリー乗り場をでて左の広場を抜けると大通りの左手に階段があります。その要害山、と表記されている標識にしたがって小山を登ったところが城跡です。現在頂上とその少し下にはテーブルが置かれており、眺めの良い休憩スペースになっています。そのすぐそばには桜の木があり、あまり大勢の人は来ない場所ですのでこれからの季節おすすめです。
ただ、休憩をとる場合は鹿に注意してください。食べ物だけでなく、紙の地図や袋も食べられる可能性があります。頂上には今伊勢神社もありますが、御由緒の看板が読み取れなくなっているのが少し残念です。
また、登る道も幾つかあります。いちばん緩やかで整備されているのは存光寺の手前からの階段だと思います。標識には毛利氏の家紋も描かれております、ちょっと嬉しいポイントでしょうか。
神社の鳥居側の階段からくだることもできますが、かなり急な階段になっているため注意が必要です。城跡から赤い鳥居を望むことができ、またその左手前に立つ五重塔付近、奥の大元公園付近(宮島水族館の建物の奥側にあります)といった厳島の戦いにまつわる場所も見られます。

永眠武蔵守釋 葱進様[2015年11月08日]
宮島口からフェリーで行くのが一般的ですが、広島港(宇品)や平和公園・原爆ドーム(もとやす桟橋)から直通する船もあります。
どのルートも宮島側は同じのりばですが、受付は各社別々なので間違いないように。

宮尾城の周辺観光情報

厳島合戦の古戦場駒ヶ林

厳島合戦の合戦場のひとつで、頂上は巨岩がゆるやかなスロープをつくり、北西側は断崖絶壁となっておりそこからの眺めは千金に値します。

情報提供:廿日市市分権政策部経営政策課
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