蓮華山城(れんげやまじょう)

蓮華山城の基本情報

通称・別名

蓮華大将陣、六角山

所在地

山口県岩国市玖珂町

旧国名

周防国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

なし

築城主

椙杜氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

椙杜氏

廃城年

天正16年(1588)

遺構

曲輪、帯曲輪、腰曲輪、堀切

指定文化財

再建造物

なし

周辺の城

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蓮華山城の解説文



蓮華山城(れんげやまじょう)は、周防国玖珂郡(現在の山口県岩国市周東町)にあった日本の城(山城)。

沿革 

築城年代については、関東管領・上杉憲実に従って周防国に下向した太田時直の頃(享徳年間以降)と、大内氏、後に毛利氏に従った椙杜隆康の時代(天文年間)の築城説がある。

1555年(弘治元年)に、陶晴賢が厳島の戦いで討死し、同年より毛利氏が周防・長門国への侵攻を開始した(防長経略)。その際に城主であった椙杜隆康は、毛利氏の侵攻前後に毛利元就と誼を通じており、即座に降伏。近隣の杉隆泰も降伏したが、隆泰は大内氏とも連携を取っていたとされ、最終的に毛利氏の攻撃を受けることとなった。蓮華山城は、鞍掛山城のすぐ北にある隣山だったため、毛利軍は蓮華山城から出陣。杉隆泰の居城・鞍掛山城の背後から早朝、奇襲を仕掛けた。不意を突かれた鞍掛方は混乱の最中に壊滅、杉隆泰も毛利氏に降った瀬田城主小方元康の手で討ち取られ、鞍掛山城は落城した(鞍掛合戦)。

その後、玖珂は完全に椙杜氏の領するところとなった。蓮華山城はこの後も玖珂の中心として栄えたが、後に廃城となった。廃城年は不明。

概要 

標高576mの蓮華山の山頂に築城されており、頂上部に本丸があった。遺構としては、堀切や郭跡がある。

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