櫛崎城(くしざきじょう)

櫛崎城の基本情報

通称・別名

串崎城、雄山城、長府城、長府陣屋

所在地

山口県下関市長府宮崎町

旧国名

長門国

分類・構造

平山城、海城

天守構造

築城主

稲村景家?、厚東氏内藤隆春

築城年

天慶3年(940)?

主な改修者

主な城主

内藤氏、毛利氏

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、石垣

指定文化財

再建造物

石碑、天守台

周辺の城

下関前田台場(山口県下関市)[2.7km]
門司城(福岡県北九州市)[4.2km]
勝山城(山口県下関市)[5.2km]
松屋城(山口県下関市)[10.3km]
猿喰城(福岡県北九州市)[10.7km]

櫛崎城の解説文

櫛崎城(くしざきじょう)は山口県下関市長府宮崎町(長門国豊浦郡)にあった日本の城。串崎城とも表記され、雄山城、長府城、長府陣屋とも称する。

概要
櫛崎城は、天慶3年(940年)、藤原純友の配下稲村平六景家がこの地に拠ったとも伝えられているが詳細は不明である。

戦国時代には、大内氏の重臣内藤隆春が築城した。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで毛利氏は 防長二州に減封されたため、山口城に居を構えていた毛利秀元が支藩の長府藩の居城として改修し雄山城と称した。

しかし、元和元年(1615年)に江戸幕府の定めた一国一城令によって取り壊され、隣接地に居館を置いた。幕末の外国船との戦いに備えて築いた勝山御殿に移るまでの約250年、長府藩の政庁であり、藩主の居館であった。

現在は関見台公園となっていて、石垣などが整備されている。

櫛崎城の口コミ情報

まるき〜遠江守様[2016年05月06日]
城跡に行くのに国道9号線から豊功神社(とよことじんじゃ)を目標にして行きました。
豊功神社へ向かうまで、近辺、学校の塀も城下町っぽくて段々とテンションが上がってきますが神社入り口付近は狭くて急坂のため私の車では進入が厳しく手前に路駐していそいそと探索、外側の石垣と城址碑くらいしか観て回れませんでしたが…
石垣一つ一つが大きいのが印象的でした
後、石垣の上に普通に家が建ってるのでびっくりしました。隅櫓か?
石垣と石垣の間に立派な門があり、その中(奥)に普通の家の玄関があったり(;^_^A

人が居られたので少しだけ話をさせて頂き快く写真も撮らせて頂きました。
この方も城主か武将の子孫なのかな?なんて思いながら想像は膨らむばかりです。

豊功神社に駐車可能ですが
車高が低い車は底を擦る可能性があります。

じゅん兵部卿様[2015年05月03日]
登城口の右手の石垣の上に人家(今は住んでないそうです)が これってあり??

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