豊前松山城(ぶぜんまつやまじょう)

豊前松山城の基本情報

通称・別名

神田城、松山城

所在地

福岡県京都郡苅田町松山

旧国名

豊前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

藤原広嗣

築城年

天平12年(740)

主な改修者

細川氏

主な城主

藤原氏、神田氏、平氏、城井氏、大内氏、大友氏、毛利氏、黒田氏

廃城年

慶長11年(1606)

遺構

曲輪、石垣、土塁、石段、竪堀

指定文化財

町史跡(松山城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

長野城(福岡県北九州市)[7.0km]
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豊前松山城の解説文

松山城(まつやまじょう)は、豊前国京都郡松山(現・福岡県京都郡苅田町)にあった山城。

概要
標高128mの松山山頂付近に主郭があり、二の郭、三の郭が連なっていた。現在では採石場となっており、三の郭や出城は破壊されている。ただ、畝状縦掘りや石段の遺構等も現存している。

沿革
平安時代から室町時代
伝承では、740年、大宰権帥・藤原広嗣が朝廷に反旗を翻した際(藤原広嗣の乱)に築いたとされる。時代は下り、940年の藤原純友の乱に際し、神田光員の居城となった。その後は神田氏が在城していたが、1157年に平康盛によって滅ぼされた。松山城は康頼の三男・平信盛が居城とした。1185年、信盛の子・平吉盛は壇ノ浦の戦いに従軍して敗北し、入水自殺を遂げた。1196年頃には、豊前国に下向してきた城井氏の始祖である宇都宮信房が支配した。ここでも松山城は激しい攻防の舞台となり、長野氏当主・長野直盛が松山城を支配した。

1336年、後醍醐天皇の建武政権に反旗を翻した足利尊氏が九州に下向、それに従う少弐頼尚は松山城を攻略し、その子・少弐頼房を城主に据えた。

周防国の大内氏が豊前国を含む北九州地方へ勢力を伸ばすと、豊前国の要衝として松山城を重視し、重臣であった杉氏の杉興信を守護代に任じ、城主とした。1398年には大友氏鑑が大友親世に反乱を起こした際に氏鑑方の攻撃によって落城、城代の杉光治は討死した。大内氏は松山城奪回後、安芸国の国人であった天野顕義が入城して、その後に討死した光治の兄である杉弘信が入った。その後は杉氏が在城して続き、1551年までその支配が続いた。

戦国時代の到来と毛利・大友氏の狭間で
しかし、陶隆房の謀反(大寧寺の変)で、大内氏当主・大内義隆は自害、1556年には毛利氏に帰順した松山城主で豊前守護代であった杉重吉が大友義鎮配下・田原親弘の攻撃によって討死、松山城は落城した。

防長経略によって大内領を併呑した中国地方の雄・毛利元就は大内領であった北九州への侵攻を開始、豊前国の要衝であった松山城を攻略して、勇将・天野隆重、杉氏の一族・杉重良を入れた。1562年に松山城は大友氏の攻撃を受ける。しかし1563年に、室町将軍・足利義輝の斡旋によって、毛利氏と大友氏の間に和睦が成り、松山城は大友氏に引き渡された。

その後は、長野祐盛(秋月種実の弟説あり)が城主となったが、毛利氏や大友氏が京都郡に侵攻するに及び、度々従属先を変え続けた。そのため、永禄末期から天正年間にかけて大友氏、毛利氏から大規模な討伐を受け、長野氏は零落した。また、1579年に杉重良が毛利氏に反旗を翻して、松山城を退去して蓑島城に入った。重良は高橋元種の攻撃を受けて討死した。嫡男の杉元良は毛利氏家臣として続いたが、豊前国支配に関わっていた杉氏は、ここにその豊前支配を終えた。
1581年、毛利方であった長野祐盛が松山城に籠もる、同じ毛利方の高橋元種を攻撃する事態が起きた。
...

豊前松山城の口コミ情報

カーネル様[2017年03月22日]
日豊線苅田駅から歩きました

アプリを起動すると直線2.5kmです
駅から北上して、最初は市街地を歩きます
15分くらい歩くと、右前方にこんもりした山が見えてきます。松山城です

国道10号を超えると道は農道に変わり、城の南側に着くと登山口と駐車場があります。ここまで30分

ここから本丸までは、松山城自然歩道として整備されてます
土塁・二ノ郭・石段と案内板があり、助かります
駐車場には登り30分とありましたが、本丸まで10分で到着してしまったので、遺構を見逃したのかと焦りました
道はキレイに整備され、適度に木々も間引きされており、楽しめました。管理する方の苦労がうかがえました

駅へ戻るまで、往復1時間半でした

立花左近将監統虎様[2015年12月01日]
松山城の南側山裾に自然遊歩道の看板あり、住宅地内に8台ほどの無料駐車場と仮設トイレがあります。
地元の松山城を守る会の方々によって綺麗に管理されています。
そこから城跡までは500mの道のりで約30分ほどかかるようです。。。

次回は登ります。f(^_^;

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