打吹城(うつぶきじょう)

打吹城の基本情報

通称・別名

倉吉城

所在地

鳥取県倉吉市仲ノ町

旧国名

伯耆国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

山名師義

築城年

延文年間(1356〜1361)

主な改修者

主な城主

山名氏、南条宗勝、吉川元春、南条備前守・小鴨元清・山田越中守(南条氏家臣)、中村伊豆守

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、石垣、堀、土塁、天守台

指定文化財

再建造物

石碑、説明板、城郭風建築物(展望台)

周辺の城

岩倉城(鳥取県倉吉市)[4.8km]
堤城(鳥取県東伯郡)[5.4km]
羽衣石城(鳥取県東伯郡)[7.1km]
槻下豪族館(鳥取県東伯郡)[11.8km]
草幾山城(鳥取県倉吉市)[12.6km]

打吹城の解説文

打吹城(うつぶきじょう)は、鳥取県倉吉市仲ノ町の打吹山(標高204m)に存在した城郭。室町時代の伯耆国守護所とされた。

歴史

南北朝期の1370年(応安3年)または延文年間(1356年〜1361年)の築城と伝えられる。伯耆守護・山名時氏の嫡男である山名師義が田内城から守護所を移した。以後、戦国時代まで伯耆守護山名氏による守護所として続く。
1524年(大永4年)の出雲国の尼子経久による『大永の五月崩れ』で守護山名氏は没落する。ただ、近年の研究では『大永の五月崩れ』の存在自体が疑問視され、また否定されている。加えて伯耆山名氏の没落はこの時期ではなく、天文年間ではないかという。少なくとも当時の一次史料には天文年間の半ばまで伯耆山名氏の存在が確認されている。
永禄5年(1562年)夏には南条氏が旧領を回復し、打吹城を管轄下に置く。天正年間には毛利氏が入り、南条攻めの拠点となった。
1585年(天正13年)の羽柴秀吉と毛利氏の和睦の後は、再び羽衣石城主・南条元続の支配下に入る。南条元続は一族の南条備前守(南条信正のことか)、小鴨元清、重臣の山田越中守を置いて、打吹城の守備にあたらせた。また打吹城の近世城郭化が図られ、本格的な城下町が形成され始め、町の名が倉吉と呼ばれるようになったのも、この頃と考えられる。
1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いで南条元忠は西軍に属して改易され、伯耆国は中村一忠が支配するところとなった。中村一忠は米子城を居城とし、打吹城には城番として中村伊豆守を置いた。
1609年(慶長14年)、中村一忠は無嗣除封となり、打吹城は江戸幕府の直轄支配地となった。1614年(慶長19年)には安房国の里見忠義が倉吉3万石を与えられるが、これは実質的には配流であり、里見忠義が打吹城に入ることはなかった。
1615年(元和元年)の元和一国一城令で打吹城は廃城となり、破却を受ける。
1617年(元和3)に池田光政が因伯32万5千石の領主として鳥取城に入った。その際、鳥取城とその城下町があまりにも手狭であるとして、新城の建設が検討された。打吹城も新城候補地に挙がったが『領国の中央なれど、山奥にて国主鎮座の地にあらず』として取り上げられなかった。池田光政は重臣・伊木忠貞を倉吉に置いて支配させた。
1632年(寛永9)に池田光仲が池田光政と替わって鳥取城に入った。倉吉は次席家老の荒尾氏による自分手政治の地となり、打吹山麓に陣屋が置かれて明治維新まで続いた。

構造

山頂部と中腹に曲輪跡が残る。また山麓には南条備前守の居館跡(現在の鎮霊神社境内)が残る。現在残る遺構は南条氏による改修のものと考えられる。
本丸は6つの曲輪からなる。本丸北隅の倉吉市街地を望む場所には天守台も残り、天守も存在していたと考えられる。また本丸には慶長初期のものと考えられる石垣・枡形も残っている。
本丸から西方に伸びる尾根には、本丸から少し下って備前丸、さらに下った中腹、古刹長谷寺の西隣に越中丸がある。備前丸と越中丸を中心に、尾根上に大小の削平地が連なる。西方重視の構造で、西側からの尼子氏の脅威を示している。
城の大手は北側で、山麓に南条備前守の居館跡が残る。江戸時代の倉吉陣屋は、さらに下った現在の倉吉市立成徳小学校の地にあった。
現在陸上競技場となっている場所には、大平と呼ばれる小山があった。ここには山麓を防御する施設があったと考えられる。...

打吹城の口コミ情報

第1連隊様[2017年05月06日]
打吹城の近くには倉吉博物館あります。
倉吉市内の遺跡の情報を入手できます!
城へは山道をひたすら登れば山頂に着きます。
是非行ってみてください‼

綱島左近衛中将八雲様[2015年06月17日]
倉吉といえば白壁土蔵が有名であるが、お土産屋の方が是非「打吹公園」にもと勧めるし、公園の裏側が城址の様なのでついでにリアル城攻めもと。

倉吉市市役所の裏側に公園の駐車場があり、そこからスタート。
駐車場はここがお勧めだ。

大正天皇がご訪問された経緯もあるらしく、よく整備されていると感じた。
春が来れば桜が満開になるだろう。

公園裏側の山道を登り打吹山山頂を目指す。
所々に石垣跡がありこの辺が城址である事に気付く。
吹き出た汗を拭いながら時折吹く心地よい風に身を任せ、白壁土蔵群を見下ろすと廃城令前の城下町姿を想像した。

お土産屋の方は「倉吉」の産業と歴史を見て感じて欲しいと勧めたのでしょう。

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