高城城(たかしろじょう)

高城城の基本情報

通称・別名

唯落の城、動士城、立縫動土城

所在地

鳥取県倉吉市福積

旧国名

伯耆国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

室町時代後期

主な改修者

主な城主

国府親俊

廃城年

遺構

曲輪、堀切

指定文化財

再建造物

周辺の城

岩倉城(鳥取県倉吉市)[6.9km]
打吹城(鳥取県倉吉市)[7.1km]
槻下豪族館(鳥取県東伯郡)[8.6km]
堤城(鳥取県東伯郡)[9.1km]
八橋城(鳥取県東伯郡)[11.8km]
船上山城(鳥取県東伯郡)[14.1km]
羽衣石城(鳥取県東伯郡)[14.1km]
粟住山城(岡山県真庭市)[18.0km]
河口城(鳥取県東伯郡)[20.5km]
富長城(鳥取県西伯郡)[26.2km]

高城城の解説文



高城城(たかしろじょう)は、鳥取県倉吉市福積 沢谷にあった日本の城。

概要 

高城城は標高214mの高城山に位置しており、『伯耆民談記』によれば国府伯耆守親俊の居城であったという。大永4年(1524年)の尼子経久の伯耆侵攻の際、戦わずして落城したため、地元の人々から「唯落の城」(ただおちのしろ)と呼ばれ嘲笑されたと伝わる。ただ、現在は大永4年の尼子氏の侵攻(「大永の五月崩れ」と呼ばれる)の存在自体が否定されており、国府親俊の伝承が史実を反映したものなのか疑わしいものとなってきている。

遺構 

当城は高城山一帯に広がる大規模な城郭で城主は現在の倉吉市高城地区、北谷地区に勢力を張っていたと考えられている。山頂付近の主郭は腰曲輪を伴い、その北、西南方向の屋根に大小の曲輪が配されている。小さい曲輪が主体であり、比較的大きな曲輪は削平が不十分であることが判明している。北東方向にも堀切や曲輪群が見られ、600m北には高城城の詰めの丸とされる下福田城が存在している。『新編倉吉市史』は高城城の築城を縄張りから見て応仁の乱以降であるとしている。

参考文献 

  • 松岡布政著『伯耆民談記』
  • 鳥取県教育委員会『鳥取県中世城館分布調査報告書 第2集(伯耆編)』
  • 新編倉吉市史編纂委員会『新編倉吉市史 第二巻 中・近世編』

高城城の口コミ情報

2026年03月25日 尼崎城志摩守一口城主
高城城



[公共機関進軍&南側登山口探索編]
3/13(金)JR山陰線倉吉駅前〜高城線🚌での進軍の一例。参考までにバス路線図上にお城エリアを示してみます(写真①)Gマップに従い高城線🚌の岡入口🚏で下車(※当日乗車したバスは大立行きで一旦、桜🚏で折り返して大立行きとなっていました。岡入口🚏でバス時刻表を確認したところ平日は現在のところ倉吉〜大立は1日6便あるものの、土日祝盆は1日2便でした。時間帯によっては大河内行きのバス路線🚌で保育園前🚏で降りるルートもGマップに載っていました)
岡入口🚏から城山方面を眺め(写真②)、Gマップに従い出陣❗️バス停付近の地域名だと思われる<般若入口>付近より志村川に架かる般若橋を渡り、白峰寺付近の写真③地点から坂道を上がっていきました。写真③右側の電柱に目指す城郭名と同じ高城という文字が見え少しずつ高城城に近づいている気がして一安心🍵坂道を道なりにどこかに登山口らしきところはないものか🕵️とキョロキョロ👀しながら進んでいくとガードレール端に杖が用意してあり登山口のような雰囲気の入口(写真④)があり、そちらへ進んでみると<高城山登山口>(写真⑤)とあったので安心して登山開始🥾
私事ながら中国地方(山口)出身なので中国地方初の1県制覇記念となった鳥取県のラスト1城を無事にリア攻めでき思い出に残りました✨
下山後、岡入口バス停に戻りましたが待っていても寒いので倉吉駅方面へのバスルート辿りながら城山の遠景を眺めてみました。城山の日本海側(北側)に周り眺め、写真⑥は天然の堀の役割を果たしていたと思われる国府川越しの城山⛰️、写真⑦は城山と同じ名前の高城橋からの眺めです。今回は南側から登りましたが高城橋方面からの登山口もあったかもしれません🤔最後にで久米中学校バス停🚏からの城山の眺め(写真⑧右端)。※天気が良ければ蒜山や大山の雄大な景色が城山後方に見えるのではないかと思います🗻

2026年03月25日 尼崎城志摩守一口城主
高城城



[登山前編⛰️]
公共機関進軍編の写真⑤<高城山登山口>より登山を開始するとわだちの跡から車も入ることのある山道のようで写真①を道なりに進みます。写真②の左側は往時であれば守備部隊が迎撃態勢で待ち構えていたような雰囲気があります😱登城日は3/13で3月中旬ながら写真③の通り、突然降り始めたみぞれの中、当城にて伯耆守&鳥取県制覇の手荒い祝福を受けているかもと思いながら進軍😅
今回の(城山南側)登山道から登った場合の要注意ポイントは写真④地点の分岐点かと思われます。写真④地点では左側に進むのが正解です🙆🏻‍♂️※私は右側の道の前方にリボンが見えたので右に進んでしまいました。参考までに右側の道に進んでいくと写真⑤、⑥の通り悪路となっており写真⑤は越えたものの写真⑥で前進を諦め写真④地点に引き返しました↩️山城なので敵を惑わせたり追い返す仕掛けを体感出来たと思うことにしておきます。
写真④地点から左に進むと写真⑦の雰囲気で土塁なのか天然の地形なのか不明ながら写真②地点と同様の雰囲気を感じました。

2026年03月25日 尼崎城志摩守一口城主
高城城



[登山後編]
登山前編に引き続き、土塁(写真①)のように見える斜面にはお地蔵さん(写真②)や石積🪨のような箇所(写真③)が見られました(※石積を正面からも見たかったのですがみぞれで足元が緩み滑落しそうだったので横からだけ見学)みぞれの中🌨️写真①〜③地点から1分ほどで本丸下の腰曲輪(写真④、⑤)に到着。本丸下の階段付近の木小屋はトイレ🚾でした。こちらの階段を上がっていくと本丸に到着です‼️
本丸見学後、引き返すと往路はみぞれ対策に気を取られ見逃していた土塁状(写真⑥)のようになっている部分を発見。こちらから本丸方面(写真⑦)を見上げたり、登山口方面からの敵の進軍ルート(写真⑧)を眺めてみました。
高城城は別名、戦わずして落ちた「唯落の城(ただおちのしろ)」という伝説もあるようですが、素人目には仕掛けの痕跡を随所に感じなかなか攻め落とすのは大変な山城に感じました。
登城日はあいにくの天気でしたが本丸の標高は214mなので天気が良ければ程よいハイキングコースではないかとかと思います🥾

2026年03月25日 尼崎城志摩守一口城主
高城城



[本丸編]
登山後編の写真④⑤の腰曲輪の木小屋(トイレ🚾)横の階段を上がっていくと細長い本丸(本曲輪:写真①)に到着✌️本丸中心部へ進むと祠(写真②)が建っていました。※登城前に高城城を検索した際には祠の横に四阿が建っているものがありましたが現在は写真②の通り無くなっていました🥲
本丸最奥には「高城山214m」の木札(写真③)があり、木札の奥の斜面を恐る恐る覗いてみると急傾斜(写真④)で敵が攻め上がってくるのは困難そうな切岸となっていました。登ってきた階段を上から見下ろすと写真⑤の通りで階段がなければ登るのは困難だったことを痛感して山城の整備をして下さった方々にこの場を借りて感謝致します🙇🏻‍♂️
最後に本曲輪跡の写真⑥右側のコンクリートが気になったので銘板を読んでみたところ菱形基線測定というもので地殻変動(地震予知)を調査するためのものでした。山城は結構登っているとは思うのですが今回初めて目にして様々な測定があるんだなぁと初耳学になりました💡

2025年05月04日 伯耆守眠々丸
高城城

登城口は市道福谷線(北谷小学校〜白峰寺)の峠辺りになり、周辺の路上スペースに数台駐車できます。登城口から先にも車1台分の通れる道路が敷かれてあり、主郭下のトイレのある空き地まで続いています。しかし未舗装で整備は十分でなく、道路終盤には倒木や浸食により車での通行は困難となります。登城口に車を置いて歩いて登るのが無難です。歩く分なら道幅もありますし、ハイキング気分で攻められます。

登城口から主郭まではおよそ1キロの道のり。広場となっているトイレから木段を上ると主郭になります。少し時間はかかりますが、リア攻め攻略するだけならお手軽城郭と言えましょう。

高城城の周辺スポット情報

 湯関城(周辺城郭)

 今西山城(周辺城郭)

 亀山城(周辺城郭)

 草幾山城(周辺城郭)

 大平山城(周辺城郭)

 下福田城(周辺城郭)

 今西山ノ端砦(今西山城)(周辺城郭)

 今西上野平ル砦(周辺城郭)

 里見忠義主従之廟(寺社・史跡)

 トイレ(トイレ)

 草幾山城駐車場(駐車場)

 駐車スペース(駐車場)

 湯関城登城口(その他)

 今西山城(八幡神社)登城口(その他)

 登城口(その他)

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