船上山城(せんじょうさんじょう)

船上山城の基本情報

通称・別名

船上山行宮(せんじょうさんあんぐう)

所在地

鳥取県東伯郡琴浦町山川

旧国名

伯耆国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

名和長年

築城年

正慶2年〔北朝〕/元弘3年〔南朝〕(1333)

主な改修者

主な城主

後醍醐天皇

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(船上山行宮碑)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

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船上山城の解説文

船上山城(せんじょうさんじょう)は鳥取県東伯郡琴浦町にあった城。船上山の険しい断崖を利用した典型的な山城である。

歴史
船上山城のある船上山は大山の北東に伸びる稜線上にあり、古くは平安仏教の山岳霊場で智積寺という寺院があった。この智積寺がのちに寺院城郭と化したらしい。

南北朝時代初めの1333年(正慶2、元弘3)、伯耆の豪族・名和長年が隠岐を脱出した後醍醐天皇をこの地に迎えて行宮を築き、来攻してきた鎌倉幕府軍を撃退した。天皇方の勝利は全国各地の反鎌倉幕府勢力を決起させ、鎌倉幕府崩壊に至る。

建武の新政崩壊後も寺院城郭は存続していたらしく、1524年(大永4)の尼子氏による伯耆攻略戦「大永の五月崩れ」の際に一山焼失したと伝えられている。また、智積寺は文禄年間に解散したという言い伝えもある。

遺構
かつての諸坊の跡に空堀と土塁、削平地があり、石積みの堀切木戸跡が現存している。
現存する遺構がいつ頃造られたものであるかは定かでない。

船上山城の口コミ情報

2020年08月16日 曲輪主殿頭削平
船上山城

大山(弥山)登頂後、午後から主ルートと思われる東坂登山口から登りました。避難小屋のある山頂までは急な登りで暑かったです。そこから船上神社までは緩やかな道で快適。船上神社社殿を左に入れば大山に至る縦走路、右に向かえば西坂登山口に至ります。リア攻めの為、行宮跡へ。社殿の裏から奥の院へ向かう途中に分岐があります。行き過ぎると📶が届きません。奥の院との分岐点近くで取れました。行宮跡は土塁で囲まれているようにみえましたが、夏草で覆われており、深入りせずに撤退しました(土産物屋に行きたかったので🙇)。

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