淀江城(よどえじょう)

淀江城の基本情報

通称・別名

所在地

鳥取県米子市淀江町淀江

旧国名

伯耆国

分類・構造

丘城

天守構造

建造されず

築城主

山名氏

築城年

戦国時代

主な改修者

主な城主

山名氏、尼子氏、毛利氏

廃城年

天正4年(1576)頃

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

尾高城(鳥取県米子市)[4.4km]
富長城(鳥取県西伯郡)[6.3km]
米子城(鳥取県米子市)[10.1km]
船上山城(鳥取県東伯郡)[15.1km]
十神山城(島根県安来市)[15.4km]
法勝寺城(鳥取県西伯郡)[16.6km]
鳥取藩台場(鳥取県境港市)[19.6km]
江美城(鳥取県日野郡)[20.3km]
八橋城(鳥取県東伯郡)[22.8km]
新宮党館(島根県安来市)[23.5km]

淀江城の解説文

淀江城(よどえじょう)は、鳥取県米子市淀江町淀江に所在した城郭。JR淀江駅前付近が城跡である。

概要
大永4年(1524年)、大永の五月崩れにより山名守行のいた当城も落城し、尼子氏領となる。その後毛利氏領となったが、永禄12年(1569年)、山中幸盛らが尼子氏再興の旗揚げをすると稲吉城、末吉城とともに、その拠点となった。しかし、天正4年(1576年)、尼子氏残党は伯耆・因幡国から一掃され、淀江城も廃城となった。

城跡は小高い丘であったが、淀江駅建設のために削平された。わずかに堀、御屋敷、などの字名にその名残を残す。

淀江城の口コミ情報

2020年07月24日 城郭道の刑部少輔タッキー
淀江台場[淀江城  周辺城郭]



淀江駅より日本海側へ向かうと公園となっている淀江台場跡があります。
1863年に外国船の来襲に備えて全国各地に造られたもののひとつで鳥取県内には8ヶ所あるそうです。アプリ内だと鳥取藩台場がさらにあたります。
鳥取藩は、お台場の警備を、因幡地方については藩士に、伯耆地方については郷士や大庄屋に分担させました。淀江台場に関しては、松波宏年(徹翁)[まつなみひろとし(てつおう)]が所有の田畑を砲台の敷地として無償提供し、砲台の築造は、長崎で蘭学や築城法を学んで帰郷した松波宏年(徹翁)の長男・宏元の設計によるものでした。淀江台場跡の特徴は、土地を提供した人、設計した人、守備する兵隊などすべてが、松波宏年(徹翁)をはじめとする地元の人たちだったということです。こののち、松波宏年(徹翁)は、第2次長州征伐後、戊辰戦争などで活躍しました。
1898年以降、養良(ようりょう)高等小学校(旧淀江産業技術高等学校の前身)の建設に伴って、土塁の一部が削られました。その後、何度かの変遷がありながらも、養良高等小学校は1970年に県立西部農業高等学校となって移転し、「お台場公園」として整備されました。
米子城から車で15分、米子城へ行った際は、是非行ってみてください。




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