新宮党館(しんぐうとうやかた)

新宮党館の基本情報

通称・別名

太夫成、新宮党屋敷

所在地

島根県安来市広瀬町富田字新宮

旧国名

出雲国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

尼子国久

築城年

室町時代

主な改修者

主な城主

尼子氏(新宮党)

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

県史跡(新宮党館跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

月山富田城(島根県安来市)[1.1km]
勝山城(島根県安来市)[2.2km]
布部城(島根県安来市)[8.3km]
十神山城(島根県安来市)[9.5km]
春日城(島根県松江市)[9.6km]

新宮党館の口コミ情報

若狭守次郎吉様[2018年09月29日]
太夫神社が新宮党館跡とされ、広大な削平地となっています。削平地の切岸には腰曲輪と思われる段も確認できました。

新宮党館跡の西方背後の山には「新宮谷城館群」があります。詳細は不明ですが、新宮党館と何らかの関係があったと思われます。個人的には新宮党館の ”本城“ もしくは “詰城” だったのではないかと考えています。
新宮谷城館群への行き方ですが、まず毛利元秋の墓を目指します。そこに辿り着いたら、墓の背後の斜面を右斜めに直登していきます。しばらくすると曲輪群や虎口があります。

兵部卿織田晃司⑪③中国オフ様[2018年09月25日]
新宮党館(太夫神社)には駐車場がありません。
現地の案内板には山中鹿之介生誕地に駐車場が有るそうなのでここを起点に散策すればいいと思います。

私は道の駅「広瀬・富田城」を起点にしました。
道の駅からだと新宮党館まではかなり歩きますが、城安寺の山門は近くになります。

新宮党と尼子晴久の対立を利用して毛利元就の謀に晴久が引っかかり新宮党を滅ぼし尼子氏衰退の因を作ったと云われる。
が、近年
元就の謀を晴久が利用して新宮党を廃し尼子宗家の実権拡大を図ったとされる。
晴久の早すぎる死が滅亡の因ではなかろうか…

河野治部少輔かぱ通様[2015年10月03日]
尼子一族最強の精鋭部隊、尼子国久率いる新宮党の館跡です。平地より一段高くなっている所が館跡のようで、その入り口には太夫神社の鳥居があります。敷地内には石碑や祠があります。結構な広さがあり、当時の新宮党の威光が偲ばれます。

尼子民部少輔晴久様[2011年08月27日]
『にいのみや』ではなく、『しんぐう』

尼子経久の次男、国久率いる新宮党の本拠地

西出雲に所領を有し、宗家に次ぐ勢力を誇るが、尼子晴久の中央集権化政策で粛清される

新宮党館の周辺観光情報

安来節演芸館

「どじょうすくい」で親しまれる民謡・安来節が毎日堪能できる安来節の殿堂。桟敷席をイメージしたホールでは、生の安来節(唄と踊り)をお楽しみいただけます。

情報提供:安来市商工観光課

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