勝山城(かつやまじょう)

勝山城の基本情報

通称・別名

瀧山城、滝山城

所在地

島根県安来市広瀬町石原

旧国名

出雲国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

室町時代

主な改修者

主な城主

田中氏(尼子氏家臣)、毛利氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、畝状竪堀

指定文化財

再建造物

周辺の城

新宮党館(島根県安来市)[2.2km]
月山富田城(島根県安来市)[2.6km]
春日城(島根県松江市)[7.4km]
布部城(島根県安来市)[9.3km]
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松江城(島根県松江市)[15.5km]

勝山城の口コミ情報

2020年03月26日 iggy太政大臣
勝山城



「人桝」について
ご存知の方もおられると思いますが、本城北側の桝形虎口は「人桝」と称されています。
なぜそのように呼称されるようになったのか、以前から気になっていたので調べるも確たる情報なし。

当然、現地踏査♪
畝竪等々この城のスゴさは言わずもがな、スゴ過ぎ!

で、例の「人桝」。
北側及び西側は土塁(高いところで約2.5m)、南側は上郭を利用する方形(約13✕13m)の桝形。

ざっくり見積もって軍勢100人ほどが収まる大きさから、「100人桝」と言われていたものが次第に「人桝」となっていったのではないかと推測。

それを踏まえ、城郭著書もある学芸員の先生に「人桝」について尋ねてみたところ、「人桝」の名称は古くから地元に伝わる伝承とのことで、なぜそのように呼称されているのかは明確ではない旨でした。
また、「桝形虎口」の由来は、「桝の形」によるものがやはり主な考え方のようでした。

ということで結論は、「地元での言い伝え」で経緯不明ながら「人桝」と呼称されているということでした。

「桝」とは体積を計量する測定器。
デジタル大辞泉では「人枡とは、昔、軍勢をその中に入れて人数をはかるため、城外に設けた枡形」との解説もあり、勝山城の「人桝」は、兵の数を計るという機能をも有した桝形虎口だったのではないでしょうか、推測の域を出ませんが…

それにしても、毛利さんの手掛ける城は手抜きしない仕事のイメージ。
造形美しく、敵が簡単には攻め寄せることができない造りから、その造形だけで「俺たち強ェ~」って錯覚すると思います笑
元就って、余程厳格な方だったんでしょうねぇ、徹底感がスゴいです。

この時代、出雲の国衆は寝返り頻発(出雲に限ったことではありませんが…)。
そのような事情を意識して、月山富田城とは反対側にも用意周到に防御(畝竪)を固めたのかもしれませんね。

《フォト》
1.人桝、虎口(東側)と南側上郭(右側)
2.人桝、1に同じく北側土塁(左側)
《その他の見所》
東側の畝竪上部郭にある横矢を意識する「折れ」。
ここは後付けは無理なので、やる気満々で綿密に造った城やなって思います。
《楽しみ他》
勝山城~京羅木山城塞群の行き来は、伝令(足軽)になった気になるかもしれませんが、ランを入れるとハードです笑

2018年11月11日 近江守Silvine
勝山城

新しい登城路が整備されています。
安来市広瀬町石原の広厳寺を目指してください。県道45号を南西へ向かい、コメリ広瀬店の前を右折します。そのまま直進すると左に道がカーブしますが、そのカーブの途中に右に入る道があります。ここからは車で入れないので、手前のどこかにおいたほうが無難です。
その道を奥へ行くと右奥に墓地があり、左手に山に入る道が見えますのでそこから入ります。山に入りすぐの分岐は右、次の分岐を左へ行くと、木に石囲いがしてあり祀ってあります。その奥に獣除けの柵が見えますが、その柵の向こうが登城路となっています。柵を右に辿っていけば、一か所色の違う針金のところが開けられるようになっています。
そこまでくればあとは道になっているところを進めば迷うところもないかと思います。ピンクのリボンもあるのでそれを目安にしても良いでしょう。30〜40分で城域です。

お城の見どころは城の脇にびっしりとつけられた畝状竪堀です。上からは分かりにくいですが、城域奥の堀切まで行けばはっきり分かります。開けた場所からは月山富田城もはっきり見えます。

2018年09月25日 大納言織田晃司
勝山城

前の方の言われる沢づたいのルートが勝山城最短ルートかと思われます。

月山富田城攻略の為、勝山城の他に京羅木山にも陣城があったので、金刀比羅宮に車を停め、ハイキングコースで京羅木山へ。
勝山城までの案内板がありますので、勝山城に向かいます。(所要時間約90分)

その後、また同じ道を通って車に戻らないといけないので脚力に自信のない方、生半可な考えの方は止めたほうがいいですよ。

京羅木山からも勝山城からも月山富田城は丸見え。それ故、月山富田城攻略後は敵に利用されるのを防ぐ為、破却したと思われます。



2018年03月26日 安那備後守はるか
勝山城

麓からは小さな橋を左に折れひたすら沢の横の山道を歩くようになるが倒木も多く、増水すると沢を渡るのも一苦労。
足元もかなり悪くトレッキング、登山靴をおすすめします。
途中、屋敷跡があります。
屋敷跡をまだ沢伝いに歩き、小さい看板があるので、ここ登城口から登ります。
沢登りだけで40分ぐらいかかりました。
登城は比較的楽で尾根伝いに歩いて行きます。
いったんまた谷に降り勝山を登って到着です。
遺構はとても良い状態で残っております。44本の畝状竪堀群はただただ圧巻です。
地元の方の案内で登城したのですが案内がなければたどり着けなかったと思います。
山城に慣れている人向きのお城だと思います。


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