牛尾城(うしおじょう)

牛尾城の基本情報

通称・別名

三笠山城、三笠城

所在地

島根県雲南市大東町南村

旧国名

出雲国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

建造されず

築城主

牛尾氏

築城年

室町時代

主な改修者

主な城主

牛尾氏

廃城年

元亀元年(1570)?

遺構

曲輪、土塁、石垣、虎口、井戸

指定文化財

再建造物

周辺の城

佐世城(島根県雲南市)[8.4km]
玉造要害山城(島根県松江市)[8.5km]
布部城(島根県安来市)[11.2km]
金山要害山城(島根県松江市)[11.4km]
春日城(島根県松江市)[12.3km]

牛尾城の解説文

牛尾城(うしおじょう)は島根県雲南市大東町南村にあった城。 

概要
牛尾城は、牛尾氏によって築かれた山城。牛尾氏が有力国人として尼子家中で重きをなしたため、同氏の居城である牛尾城も尼子十旗の一つに数えられた。

構造
両脇を深い谷で囲まれた尾根の先端付近に占地し、最高所の三笠山までの尾根上に郭が連なる。山頂の郭には尾根筋側に土塁が存在し、この郭が主郭と考えられている。

牛尾城の背後に続く尾根筋は八雲山を経由して熊野城に繋がり、両城は尾根伝いに連絡していた。

沿革
応仁の乱後、京極氏に従った牛尾氏により築城された。
天文 (元号)11年(1542年)、大内氏が出雲に侵攻すると、牛尾幸清は富田城の守備に当った。
永禄6年(1563年)、毛利氏が富田城に迫ると、幸清・久信父子は富田城に入った。
永禄9年(1566年)、城内の兵糧が底を突き、幸清・久信父子も毛利氏に降った。
永禄12年(1569年)、挙兵した尼子残党勢に牛尾幸信が合流し、牛尾城に拠った。
元亀元年(1570年)、布部山の戦いで尼子勢は惨敗を喫し、牛尾城も毛利輝元に攻められ落城した。

牛尾城の口コミ情報

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