荒隈城(あらわいじょう)

荒隈城の基本情報

通称・別名

洗合城、洗骸城

所在地

島根県松江市南平台26

旧国名

出雲国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

なし

築城主

毛利元就

築城年

永禄5年(1562)

主な改修者

主な城主

毛利氏

廃城年

永禄10年(1567)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

松江城(島根県松江市)[1.7km]
満願寺城(島根県松江市)[1.7km]
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荒隈城の解説文

荒隈城(あらわいじょう)は島根県松江市国屋町にあった城。

概要
宍道湖に突き出す丘陵端に位置し、現在丘陵の東西は佐田・松江方面共に陸地となっているが、当時は佐田水海と湿地帯が拡がっており、天然の要害をなしていた。

白鹿城攻めに先立ち毛利元就により築城されたが、宍道湖に面し水運の利もある事から、白鹿城の落城後も尼子氏が降るまで出雲侵攻の拠点として機能した。

関ヶ原の戦い後出雲に封じられた堀尾氏が再取立てを検討したが、石高に比して城域が広大との忠氏の意見を入れて亀田山を選地し、以後城郭として使用されることは無かった。

沿革
1562年(永禄5年)毛利元就が出雲侵攻の陣城として築城。
1566年(永禄9年)尼子氏が降り、その役目を終えて廃城に。

荒隈城の口コミ情報

城之助様[2011年12月10日]
実際の城は広範囲に築かれ、国屋町、南平台、堂形町になります。主郭があったのは、ひがし南平代の団地辺りです。案内板は天倫寺にあります。

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