満願寺城(まんがんじじょう)

満願寺城の基本情報

通称・別名

万願寺城

所在地

島根県松江市西浜佐陀町

旧国名

出雲国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

なし

築城主

湯原信綱

築城年

大永元年(1521)

主な改修者

主な城主

湯原氏、奈佐氏、毛利氏

廃城年

不明

遺構

曲輪、帯曲輪、堀切、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

荒隈城(島根県松江市)[1.7km]
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満願寺城の解説文

満願寺城(まんがんじじょう)は、島根県松江市西浜佐陀町にあった日本の城。。

概要
宍道湖畔の丘陵端に位置するが、戦国時代当時、城域の北側には佐田水海が広がっており、三面を水に洗われる要害であった。毛利元就の出雲侵攻に際し、湯原氏は毛利氏に降り、満願寺に拠った湯原氏は宍道湖の制海権の把握に努めた。元亀元年(1570年)、尼子氏残党の蜂起に加わった奈佐日本之助が一時入城したが、天正元年吉川元春に攻められ再び毛利氏に帰した。

沿革
大永元年(1521年)、湯原氏により築城。
永禄5年(1562年)、毛利氏の出雲侵攻を受けて湯原氏は毛利氏に降り、毛利氏の支配下に置かれた。
1570年(元亀元年)、尼子氏残党奈佐日本之介に落とされる。
1573年(天正元年)、奈佐氏が毛利氏に降り、再び毛利氏が入城した。

満願寺城の口コミ情報

2019年05月30日 あきおこ
満願寺城



宍道湖に落ち込む竪堀。城域は主郭西側墓地の向こうまであり、湖に向け突出部が二つある。湖に面した断崖上の主郭からは樹木が無ければ湖が見渡せる絶好の地で、月山富田城攻めの毛利水軍城として機能したのもうなずける

2019年05月29日 あきおこ
満願寺城



主郭下の横堀。遺構は本堂裏手の墓地側に残存する。
たまたま草刈りをしてみえた住職さんから厚きおもてなしをしていただきました。毛利元就と曲直瀬道三の逸話を聞いたり、遺構の案内、本堂内の仏像の見学までさせて頂いて大変有意義な訪城となりました!。

2011年12月10日 城之助
満願寺城

満願寺の駐車場を利用
墓地の西側に複数の曲輪を見ることができます。寺背後の高台には空堀も残っています

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