水口城(みなくちじょう)

水口城の基本情報

通称・別名

碧水城

所在地

滋賀県甲賀市水口町水口

旧国名

近江国

分類・構造

梯郭式平城

天守構造

不明

築城主

徳川家光

築城年

寛永11年(1634)

主な改修者

主な城主

加藤氏

廃城年

明治6年(1873)

遺構

曲輪、石垣、横堀(水堀・空堀)

指定文化財

県史跡(水口城跡)

再建造物

復元櫓、復興高麗門、復興土塀、石碑、説明板

周辺の城

水口岡山城(滋賀県甲賀市)[1.5km]
佐治城(滋賀県甲賀市)[5.8km]
望月城(滋賀県甲賀市)[5.9km]
甲賀郡中惣城館(滋賀県甲賀市)[5.9km]
三雲城(滋賀県湖南市)[6.7km]
大塚城(滋賀県東近江市)[9.4km]
日野城(滋賀県蒲生郡)[10.1km]
佐久良城(滋賀県蒲生郡)[11.6km]
和田城(滋賀県甲賀市)[11.7km]
土山城(滋賀県甲賀市)[11.8km]

水口城の解説文



水口城(みなくちじょう)は、近江国甲賀郡水口村(現・滋賀県甲賀市水口町水口)にあった日本の城。城跡は県指定史跡である。

立地 

水口城は野洲川の中流域にあり、周辺はなだらかな水口丘陵である。北に東海道、南方に水口神社、そして野洲川が流れる。南部は野洲川の後背部で田が広がっていた。また、甲南部、杣谷を経て伊賀へと抜ける間道"伊賀街道"が通る。

歴史 

かつて水口には中村一氏が築いた水口岡山城があったが、関ヶ原の戦いで長束正家は西軍につき自害。城はその後池田長吉の預かりとなったが、早々に廃城となった。

江戸時代に入り、徳川氏の直轄地となった水口は、東海道の宿場町に指定された。その後、3代将軍徳川家光が寛永11年(1634年)、京都への上洛の際の宿館として、道中の水口に従来の水口御殿に替えて築かせた。これが水口城(水口御茶屋)である。作事奉行は小堀政一(遠州)が務め、京都の大工頭中井家支配の大工たちが動員され[1]、城内には二条城の御殿を模した豪華な御殿が築かれた。しかし、この御殿が将軍の宿舎として使われたのは、この家光上洛の1回限りで、その後同城は、幕府の任命した城番が管理する「番城」となった。

天和2年(1682年)に加藤明友が2万石で入城し、水口藩が成立した。それまで、幕府お抱えの宿館として城番をおいて管理していたが、水口城は同氏の居城となった。鳥居氏が一時藩主となったが、再び加藤氏が2万5千石で藩主となった。歴代水口藩は、同城を幕府から借りている城として大切に管理し、特に居城であるにもかかわらず、本丸部の御殿を使用しなかった(藩の行政諸々は二の丸で行った)。本丸御殿は家光上洛以後使われることなく正徳年間に解体[2]。本丸は空き地のまま使用されることなく、明治維新を迎え、水口城は廃城となった。

構成 

水口城は東海道水口宿の西にあり、水口の街は東に宿場町西に城下町の二面性を持っていた。城の建物の構成は、水堀に囲まれた本丸と管理施設のある二の丸による2郭で、二の丸に堀はなく土壁のような柵で城域を囲い、城内と城外を別けていた。また、創建当時旧東海道が二の丸部分を貫いていた。その後東海道は北に迂回するルートに遷され、これにより二の丸部分は街道をさえぎる形になった。

本丸は平面規模で南北75間、東西73間、東に外枡形の出丸を突出して凸形をなしている。本丸東の出丸部分に大手虎口、本丸北には二の丸主要部に直に通じる北虎口の2箇所の虎口を開け、それぞれに櫓門と高麗門でなる枡形門を構成していた。特に、大手御門(大手門)のあった大手虎口には平面規模東西20間×南北16間の外枡形形式の出丸を配置し、一の門に高麗門、二の門に長大な櫓門を建てた。一の門は北へ向く形で建てられており“御なり橋”と呼ばれた木橋が堀に架けられていた。この橋は、将軍の御成(おなり)の際に使用されたものである。北御門のあった北虎口は内枡形形式の虎口で、大手御門と同様に高麗門と櫓門で構成されていたが、開口の北方向以外はコの字に多聞櫓を建てていた。

本丸は、上述の通り凸型をしており、石垣上部の大半は土塀が囲い、外枡形を形成する部分以外の正方形部の四隅には御矢倉とよばれる平櫓が建てられた。ほぼ東西南北の正方形構造なので、その櫓にはそれぞれ方角にちなみ艮矢倉、巽矢倉、坤矢倉、乾矢倉の名が付けられた。また本丸北東側は北御門より大手御門までの間に御長屋と呼ばれる多聞櫓が艮矢倉を経由する形で建てられていた。また北御門の西端、大手御門の南端には櫓門を延長する形で御門矢倉があり、大手枡形虎口内にあった門番所もあわせ、城の警備とした。[3]

御殿

上述のように、本丸周辺は石垣をめぐらし、土塀や城門、櫓で固められていたが、本丸御殿は将軍家宿館としての性格を色濃く示している。この御殿は柿葺(こけらぶき)の規模の大きい建物で構成され、公的空間の「表向」と私的空間の「奥向」に大別できる。奥向は将軍が宿泊の際の御座所であり、御殿や御風呂屋、御亭(亭=ちん)などの建物があった。特に御亭は御座所に面する庭園にあり、2階建望楼風の建物であった。全体として建物は数寄を凝らしている。

二の丸は歴代城主の御殿、藩政の主要建物、侍屋敷などがあり、先にも述べたように城域を分かつ柵があった。柵には小門がいくつもあり、城外との道を繋いでいた。また、門は夜の間厳重に閉じられ、城内外の行き来を制限された。

当然水口城も幾度となく修理修繕されているので、上に挙げた構成は造営当時の説明である。

廃城後の城址 

水口城廃城後、城の建材は一部を残し、大半が公売に付された。石垣は出丸部分と乾御矢倉部分を残しほとんどが、当時近江鉄道の線路敷設に使用されたようである。本丸御殿は一部を残して撤去された。旧本丸は学校敷地となり、現水口高校の運動場として利用されている。

その後、水堀埋め立てなどの意見も出されたが、1972年(昭和47年)に将軍家宿館遺跡としての価値が評価され、滋賀県の史跡に指定されたのを契機に保存整備への関心が高まった。そして、石垣の遺構が残る出丸跡(大手外枡形虎口部分)を整備修復し、廃城後に民家へ移築されていた本丸乾矢倉を二階造りとして再移築。水口城資料館として1991年(平成3年)11月に開館した。

遺構 

二の丸遺構は開発により失われたが、本丸から大手虎口出丸にかけて堀および石垣が残る。また、本丸北東部に乾矢倉の櫓台石垣が現存。移築建築遺構は、大岡寺に水口城のものと伝わる茶室がある。水口城資料館の建物は旧乾矢倉を民家から再移築し復興したもの。

アクセス 

  • 近江鉄道本線水口城南駅下車、北へ徒歩4分

出典参考 

  • 甲賀市史編さん委員会編『甲賀市史』第7巻「甲賀の城」(2011年)

水口城の口コミ情報

2024年06月02日 RED副将軍
伴中山城[水口城  周辺城郭]



甲賀衆の有力土豪である伴氏の属城🏯

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

築城年代等の詳細不詳。伴氏の属城と伝わります。
伴氏は、古代豪族である大伴氏の系譜であり鎌倉御家人の家柄とされます。甲賀五十三家のひとつに数えられ、美濃部氏、山中氏とともに柏木三家と呼ばれる有力土豪でした。
また、伴氏は徳川家康と所縁があり、1562年に徳川家康が三河平定のために鵜殿長照が籠る上ノ郷城を攻略する際には苦戦したため、甲賀者の伴氏を頼り、伴与七郎は鵜殿長照を討ち取り、伴資綱は鵜殿長照の子供である氏長・氏次兄弟を捕縛する功を挙げたと烈祖成績に記されています。
また、1582年の徳川家康の伊賀越えにおいて伴盛兼は家臣を護衛として送ったことでも有名です。

見所
甲賀特有の単郭方形であり、一辺が約40mの方形居館です。
現在は耕作地となるものの四方を巡る土塁が残り、外側には堀跡らしき地形も認められます。

2023年12月29日 とりこ武蔵守
水口城



駐車場は200mくらい離れた水口城南駅に停められます
時間が早かったのか城内には入れなかったのが残念でしたが、こじんまりしたいいお城でした

2023年12月06日 ムサコ右衛門督
水口城



水口城南駅から徒歩3分位。駐車場は駅前にあり。
元々は本丸・出丸・二の丸で構成されていたそうですが、本丸は学校のグラウンド、二の丸は市街地になっているので、立ち入って見学できるのは出丸のみです。
櫓は元々別のところにあったものを移したもので、内部は資料館になっています。資料館に御城印あり。
また、水口岡山城に関する展示もあります。時間に余裕があればこちらで資料を見てから水口岡山城を訪れてもいいかもしれません。

2023年11月26日 武蔵守与作兵衛
水口城



本丸全体がグラウンドになっており、登城日はサッカーの練習中でした。ゆえに本丸には入れないのですが、水口城資料館とグラウンドの間でポチればリア攻め出来ます。資料館開館(10時)前だったので、残念ながら出丸跡(大手外枡形虎口)には入れませんでした。尚休館日が木曜金曜とちょっとイレギュラーなので、訪れる際には注意してください。
個人的には北西に有る乾櫓の櫓台(石垣)が良かったです。

2023年06月11日 夏見外記太郎左衛門
水口城



1960年代の水口城の様子が、市川雷蔵主演「続忍びの者」で知ることが出来ます。城跡周囲の散策路整備前の古城の雰囲気がよく解ります。現在は滋賀県史跡ですので、貴重な石垣上に矢倉を組み、一体を爆破させているのは驚きです。鑑賞された感想を教えて頂けると嬉しいです。
徳川将軍家専用の宿泊施設として建設された水口城の敷地面積や御殿は残されている中井家の図面により同じ目的で使用された名古屋城本丸、二条城本丸とほぼ同程度です。
2023年4月より、甲賀市の住民は本人確認書類持参にて水口城資料館と甲賀市水口歴史民俗資料館の入館料が無料となりました。

2023年04月28日 RED副将軍
水口城



三代将軍徳川家光の宿舎としての城郭🏯

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

1634年、三代将軍徳川家光の命で作事奉行として小堀遠州が築城。徳川家光の上洛の宿館として築かれました。水口は、長束正家の所領でしたが関ヶ原の戦いで西軍に付き自害。その後は徳川幕府の直轄地となり東海道の宿場町に指定されていました。二条城の御殿を模した豪華な御殿が築かれましたが、解体されるまで将軍の宿舎として使用されたのは徳川家光の上洛一度限りであったとされます。
1682年に加藤明友が入城し、水口藩が成立。明治を迎えると廃城となりました。

見所
現在は、水口高校と水口城資料館の敷地となっていますが、周囲を巡る水堀と石垣が現存しています。但し、乾櫓などの大半の石垣は明治に廃城となると鉄道敷設などに石垣が撤去されており、後に積み直したものです。正確な復元ができない時代の積み直しであり簡単に判別できるくらい荒いのが残念です。

2023年04月10日 ぱぱ〜ん伊豆守
水口城



桜が映えるお城として遠征を企画してたけど、今年はあえなく玉砕。葉桜になってました。今お城として残っているのは出城部分のみで、本丸部分は野球やサッカーのグランドになってました。資料館のビデオ上映をゆっくり見て勉強させて頂きました。

2022年09月19日 小太郎左衛門督南海道22國守
水口城



出張お城EPOの際見学。将軍上洛時の宿館としての役割も終え、静かにたたずんでおり、別名碧水城の面影は顕著である。

2022年09月04日 たまちゃん
水口城



資料館は100円で、櫓の2階から水口岡山城が見えます。櫓台の石垣は結構高いです。

2022年08月12日 絢八幡淡路守ルーミア
水口城

連休中ながらも門がしまっていて城内に入れず

2022年07月01日 雲如露絶兎
水口城



資料館は木金が休みです。模擬櫓も入れません。行く時は気をつけて!

2022年02月01日 別損山城守甲賀994重砲隊
下山城[水口城  周辺城郭]



下山城は甲賀市水口町下山にある甲賀特有の「単郭方形城館」の城です。現地説明板によると明確な築城時期は不明ですが、戦国時代にこの地を納めていた、伴(ばん)氏であると伝わっているとの事です。

城の形態は四方を土塁で囲み、南北に虎口が設けられ、東側には堀切がで〜んと構えています。今回訪れた際、竹も伐採され、遺構もよく確認できます。

周りには、工場などもありますが、城跡は静寂に包まれております。
 
場所は国道1号線伴谷口交差点を県道178号線に入り、数百m東近江市方向に進んだ所に位置します。
 
公民館の駐車場がありますが、そこに甲賀・伊賀特有の「顔出し説明板」が設置されていますので、記念撮影にお使い下さい。

 

2021年11月28日 みーしか備前守
水口城

既に書かれてあるとおり、現在橋の老朽化に伴い臨時休館となっています。グラウンドに迂回路を作る工事を行う予定とのことで、桜の時期までには工事を終わらせて再開したいとのこと。迂回路の完成後に架け替え工事をすることになるのかな、とのこと。以上の内容を交流館にて聞きました。ご参考まで。

2021年10月24日 のぶさくら越前守
水口城



現在は、橋の老朽化に伴い危険な箇所があるとのことで立入禁止になっており、そのため乾櫓で公開されている資料館も閉鎖されています。残念でした、、、

2021年10月02日 かい対馬守
水口城

水口城は10月1日より橋の老朽化のため櫓は臨時休館です。(城内にも入れません)

2021年08月09日 【城郭道】たっきー
櫓台[水口城  遺構・復元物]

本丸北西櫓台跡(乾櫓台跡)
石材を斜めに傾けて積み上げた谷積みが顕著である。これは、1854(安政元)年の伊賀大地震の被害を受けた後、積み替えられたからである。

2021年08月09日 治部大輔若鯱
水口城



資料館は水口城の出丸に建てられています。なかでは、水口城のみならず水口岡山城も紹介されています。当日はちょうど水口名物と言われる干瓢が干されていました。

2021年02月22日 【城郭道】たっきー
模擬櫓[水口城  関連施設]

模して造られた櫓。現在は水口城資料館となっていて、一部城の部材を使っています。櫓が建つ位置にはかつて番所がありました。

ちなみに水口城の部材について。
明治維新後、城の石垣は近江鉄道線路敷設に使用されるなど大半が公売されました。

2021年01月11日 萌魏摂政叡声
水口城



城の遺跡は、元の出丸のみ。本丸の殆どは、高校のグランド。水口城南駅から徒歩ですぐだが近江鉄道の本数が少ない。貴生川駅からバスも活用可能。

2020年11月23日 課長大和守Ver.B
植城[水口城  周辺城郭]

水口城より西の植地域に残る城跡で、往時は12の郭により構成された群郭式縄張という珍しい形だそうです。

地域全体が城域らしいですが遺構としては吉山神社周辺と隣接するおつぼね屋敷と呼ばれる畑地に土塁、空堀が見られます。
また地域の外周を巡る水路もかつての堀を活用しているのでは?と思いました。

2020年10月04日 藤主膳佑康之介
水口城

水口城跡の資料館に徳川家の宿泊所としての利用館のイメージが強いが、水口岡山城は山城で景色も中々だが、探索のしがいが有りました。ビックリしたのは山頂に登る際は指示があるが、降りる際は気を付けないと山の反対側に降りてしまいます。

2020年09月25日 VTR美濃守シゲ
水口城



駐車場、今回私は甲賀市綾野地域市民センター横、水口体育館に停めさせて頂きました
市民センターにトイレ有ります日曜日に訪問ですが開いていました

本丸は水口高校のグランドになっていて立ち入り禁止、リア攻めポチは出丸とグランドの境で記録出来ました出丸外にもトイレ有ります

出丸は資料館となっていて二階には畳敷きの部屋があり殿様気分を味わえました水口城の御城印こちらで頂けます

水堀と石垣見応え有りですが、夏とはいえチョット手入れが無く、水堀を一周しましたが南から西、北と草が生茂り、北西角の石垣も見づらくチョット残念



2019年01月20日 GAGA関白百万石
水口城

水口城は1634年、徳川家光によって上洛の際の宿館として築城されました。

本丸は水口高校のグラウンドになっていて、入れるのは出丸だけです。

出丸には櫓風の資料館があり、水口城の模型や加藤家の資料がたくさん展示してあります。

私が訪問したときには、資料館で温かい緑茶をごちそうしていただきました。


2018年05月31日 天道式部卿早雲
水口城

木曜・金曜は休館のため、門の内には入れませんでした。下調べ大事ですね。
でも外から見られる堀・石垣・乾櫓台石垣・復興門などは立派で見応えあります。
また、木曜金曜以外に登城してみたいです。

2017年11月10日 織田上総介晃司
水口城

水口高校付近に駐車場がありました。

将軍御在所として造られた城なので当時は規模の大きな城。しかし将軍・徳川家光が立ち寄ったのは一度だけ。

今はわずかに水堀と石垣が遺構として残り、櫓風の水口城資料館が建てられている。

2015年04月01日 
水口城

小さな天守閣あり、博物館でした。

2013年09月09日 中務卿一之介
水口城

近江鉄道水口城南駅を出てすぐ左に曲がり、突き当たった道を右に向かうと水堀が見えてきます。
凸型の堀がいい状態で残っています。

2010年09月25日 古楽侍従広家
水口城

城の殆どは破壊されていて、江戸時代に将軍の宿泊施設としての機能だった為に城としての魅力は落ちます。しかし近くの古城山に残る豊臣期の水口古城の遺構は、見やすい割に一見の価値があります。

水口城の周辺スポット情報

 高麗門(遺構・復元物)

 水堀(遺構・復元物)

 櫓台(遺構・復元物)

 本丸(遺構・復元物)

 下山城(遺構・復元物)

 二の丸(遺構・復元物)

 大手門跡(遺構・復元物)

 坤櫓跡(遺構・復元物)

 艮櫓跡(遺構・復元物)

 巽櫓跡(遺構・復元物)

 乾櫓跡(遺構・復元物)

 番所跡(遺構・復元物)

 北御門(遺構・復元物)

 将軍上格御殿跡(遺構・復元物)

 移築武家屋敷長屋門(遺構・復元物)

 移築乾矢倉(遺構・復元物)

 石碑(碑・説明板)

 水口城跡説明板(碑・説明板)

 植城(周辺城郭)

 下山城(周辺城郭)

 奥谷城(周辺城郭)

 柏木神社城(周辺城郭)

 西迎山城(周辺城郭)

 東迎山城(周辺城郭)

 津山城(周辺城郭)

 北脇城(周辺城郭)

 下山北城(周辺城郭)

 山村田引城(周辺城郭)

 山村城(周辺城郭)

 山中氏邸(周辺城郭)

 伴中山城(周辺城郭)

 東見寺(寺社・史跡)

 心光寺(寺社・史跡)

 水口神社(寺社・史跡)

 真福寺(寺社・史跡)

 水口城資料館(御城印)

 甲賀市ひと・まち街道交流館(御城印)

 水口城跡無料駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 模擬櫓(関連施設)

 水口歴史民俗資料館(関連施設)

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