佐治城(さじじょう)

佐治城の基本情報

通称・別名

所在地

滋賀県甲賀市甲賀町小佐治字城殿

旧国名

近江国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

平(佐治)業国

築城年

康平5年(1063)

主な改修者

主な城主

佐治氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

市史跡(佐治城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

水口岡山城(滋賀県甲賀市)[4.7km]
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水口城(滋賀県甲賀市)[5.8km]
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佐治城の解説文

佐治城(さじじょう)は、滋賀県甲賀市甲賀町小佐治字城殿にある山城。

歴史
築城年代、築城者は定かではないが、甲賀衆の佐治氏の城とされる。康平5年(1063)に平業国が伊豆から移り佐治城を築いて佐治氏を名乗ったという。 織田信長の近江侵攻により六角氏が滅亡すると佐治氏は信長の配下となり、信長に領地を安堵された。

天正13年(1585)、羽柴秀吉の命令により甲賀衆は改易処分となった(甲賀ゆれ)。その際に佐治氏は抵抗して佐治城に籠城した末に堀秀政と中村一氏に攻められ落城したとされるが、定かではない。

遺構
標高約250mの愛宕山に築かれている。

昭和25年(1950)の大規模な地形改変により、城域の北側には道路が通っている。本来は約100m四方の2つの曲輪が並び、南東側は現在残る枡形池とつながる堀で区切られていたようだ。枡形池の南側に残る土塁は、東側の曲輪北辺の土塁と推定される。

西側には谷を隔てて丘陵上に堀や土塁が残り、2つの曲輪が確認できる。しかし様相が異なり、すべてが佐治城の城域に含まれるかは判断が難しい。

交通
新名神高速道路甲賀土山ICから車で約10分

参考文献
『図解 近畿の城Ⅴ』戎光祥出版、2018年。

文:萩原さちこ

佐治城の口コミ情報

2020年11月26日 兵部丞さとぴ~
佐治城

入り口の前の道は狭いです。
停める場所や城跡は、所有地ですので、ひとこと声かけを忘れずに。

2020年11月23日 課長大和守side-B
今在家城 (今郷城)[佐治城  周辺城郭]

国道1号水口バイパス北の丘陵地に残る城跡で、発見されたのが平成26年と比較的新しい城跡のようです。

水口バイパス北側の2車線道路から溜池へ上がる舗装路があり溜池脇の小道を進めば説明板と主郭が現れます。
溜池前にギリギリ1台分の駐車スペースはありますが転回が困難なレベルなのであまりオススメは出来ません…(^^;

城跡は甲賀地域によくある単郭方形の縄張りに一段下がった郭を持つ形状のようですが、藪が酷い為未確認です。
土塁は概ね比高1.5m程度で断続的に周囲に空堀が残っているようですが、やはり全般的に藪化している為分かりにくい感じでした。

2014年03月18日 尾藤左衛門尉知宣
佐治城

なぜか京都の山科区にある勧修寺というお寺に佐治城の遥拝所があります。

2013年06月01日 日光人
佐治城

桝形池は通りに面していて分かりやすいです。ただ主郭部分の愛宕山一帯は「私有地」ととなっていて、勝手には入れません!
道路から見て桝形池の奥が主郭や空堀があります!
入山する時は、一声かけてからに…マナーを守りましょう。


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