佐久良城(さくらじょう)

佐久良城の基本情報

通称・別名

下の城山

所在地

滋賀県蒲生郡日野町佐久良

旧国名

近江国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

小倉氏

築城年

室町時代前期

主な改修者

主な城主

小倉氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、竪堀、土橋、虎口

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

日野中野城(滋賀県蒲生郡)[4.3km]
大塚城(滋賀県東近江市)[5.4km]
高野城(滋賀県東近江市)[6.8km]
鯰江城(滋賀県東近江市)[7.1km]
百済寺(滋賀県東近江市)[9.7km]
後藤館(滋賀県東近江市)[10.5km]
水口岡山城(滋賀県甲賀市)[10.6km]
水口城(滋賀県甲賀市)[11.6km]
箕作城(滋賀県東近江市)[11.7km]
土山城(滋賀県甲賀市)[12.1km]

佐久良城の解説文

佐久良城(さくらじょう)は、滋賀県蒲生郡日野町佐久良にある平山城

歴史
築城年代、築城者は定かではないが、15世紀半ば~16世紀後半までこの一帯を治めた小倉氏の居城とされる。

日野町北東部は、南北朝時代まで嶬峨氏支流の佐久良氏が支配していたと考えられるが、南北朝時代が終わる頃を境に小倉氏に支配者が代わったようだ。

遺構
標高210mの丘陵上に位置し、中世に近江と北伊勢を結んだ千草越え、八風街道と日野や蒲生方面を結ぶルートにある。

丘陵の西端に東西約54m×南北約45mの主郭を置き、主郭の周囲は高さ4mほどの土塁がめぐる。主郭東側の虎口と主郭東側の曲輪は、幅約20m×深さ約11mの堀切にかかる土橋でつながる。この虎口周辺と土橋側壁、堀切の東壁面には石積みがみられる。曲輪は馬出のような空間で、南東斜面には竪堀群が設けられている。

主郭の西側は堀切で遮断され、北側には折れを伴う横堀がめぐる。横堀の北側にも小曲輪があり、北側斜面は大規模な竪堀および突出する曲輪で守りを固めている。城全体を通して、堀切と竪堀、横堀を駆使して防御線を構築しているように感じられる。

交通
名神高速道路八日市ICから車で約20分

参考文献
『近畿の名城を歩く 滋賀・京都・奈良編』吉川弘文館、2015年。
『近江の山城ベスト50を歩く』サンライズ出版、2006年。
『図解 近畿の城Ⅱ』戎光祥出版、2015年。

文:萩原さちこ

佐久良城の口コミ情報

2021年09月20日 内記かずりヾ(・ε・。)
鳥居平城[佐久良城  周辺城郭]



鳥居平城の続きなり。

お城は素晴らしいです。登城路を登ると城域北西端の郭に至りますが、城域は丘陵地形に沿って長く延びる連郭式の縄張で正直誰も主郭の位置を特定出来ないと思います。各郭間は概ね土塁と深い空堀等によって区画されていますが、郭の規模がどれも似たり寄ったりなのもその一因でしょう。そして城域の判定にも苦しみます。南東端が一体何処なんでしょか、改変も少々含んでいるらしいのですが、奥へ進む程訳解らん…困ったちゃんです。

比高も無いし簡単に散策出来ると思ったらそれは大間違い!城域の大部分は未整備な上に奥も深く、郭間を隔てる空堀等はしっかり生きているので横移動が困難な箇所多数です。いざとなったら一段下がった腰郭に逃げるのも手ですが、それをやると現在地が不明になりがちで縄張図を追えなくなります。つまりはお城の縄張とその意図するところは未だに機能している…すっかりやられたぜ〜

17時を過ぎた鬱蒼とした薄暗い木々の中、カメラがフラッシュを要求し始めたので全貌を確認する事無く陣払い。城山に登れば尾根筋だけが城域みたいな信濃の山城とは全く違うお城の構成に感心する事しきり、必ず再訪しますのでどなたか援軍(時間も時間でしたが、何だか誰かに終始見られているような…視線を感じるって言うんですかね、寒気がする程怖い感覚に陥ってしまいました。ちなみに霊感はありまてんが前日の就寝前にYouTubeで登山系の心霊動画を視聴してました。←阿保♪)お願いしやす。

※実際にお城を訪ねてみて先人様の口コミが如何にしてよく各ポイントを纏め切れているかが理解出来ます。きっと大変な苦労をなさった事でしょう。

2021年09月20日 内記かずりヾ(・ε・。)
鳥居平城[佐久良城  周辺城郭]



鳥居平城は佐久良城の南東約1.3km、佐久良川の南岸、北西へ延びる標高約210m〜約225mの丘陵北辺端部上を城域として存します。西麓の舗装路からの比高は15m〜30m位でしょか。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。西麓にある願成寺の北東側舗装路脇に「鳥居平城址←」の案内板が立っています。が、どう考えても民家の敷地内を通らなくちゃいけないようでして、自分は自宅前で作業中の家人に声を掛けてから登城しました。「随分と遠くから来たなぁ、でも何にも無いぞ〜」とか言われましたが、その何にも無いのを有り難がる変態を前にしてその発言はどうしたものかとwでも車を停めさせてくれたりする気持ちのよいおっさんでした。

築城年代、築城者は不明なんですが、築城者として有力なのは佐久良城主の小倉氏で、同氏が佐久良城に居城を移した際に、長寸城、四ツ谷城等と共に佐久良城外城の一角として整備されたと考えるのが自然ですが裏付けはありません。又、蒲生氏の居城、音羽城の外城との見方(佐久良川南岸だしね。)も全く自然で、里伝では蒲生氏の被官、寺倉氏、吉倉氏が城主として伝えられています。ただお城の規模、縄張は在地土豪が時間を掛けても独力で築けるレベルを遥かに越えている事は間違いありません。

小倉氏は清和源氏満季流(諸説あり。)、近江では小倉城を拠点に愛知郡、神崎郡、蒲生郡に勢力を伸張させ、既に鎌倉時代の初期には東近江の有力国人として台頭していました。色々すっ飛ばしますが、戦国時代には内訌で衰退し、以前から関係の深かった蒲生氏に従う事で命脈を保っていたようです。ちなみに蒲生氏郷の家臣、小倉行春は氏郷の妹を妻とし会津移封にも同道、南山城代、知行一万石、その後の蒲生騒動で主家を辞し豊臣家に仕えて大阪夏の陣まで戦い、天王寺、岡山の戦いで明石全登等と家康本陣に突撃しますが戦場を離脱、戦後浪人となったようです。又、盛岡藩南部家二代藩主利直の正室源秀院は氏郷の妹とされていますが、実際はこの行春の娘であったという説があります。

纏め切れなかったので続く…

2021年06月14日 左近衛中将かめかめ
鳥居平城[佐久良城  周辺城郭]



今回は城郭南東部の郭9,10辺りを中心に投稿します。現地案内板の縄張り図から遠く離れた所(城郭南東端と記載した所)ですので、城郭遺構ではないかも知れないことを先に伝えます。

写真の説明
写真1:郭9,10を区画する浅めの堀
写真2:郭3,4を仕切る土塁
写真3:城郭南東端斜面の途中にある池跡
写真4:城郭南東端の段郭
写真5:城郭南東最下部にある池跡。土塁を挟んだ北側にも池跡があります。
写真6:池跡へ向かう竪堀
写真7:郭9の池跡。現地案内板にある二つの四角がそれ。
写真8:郭10南の竪堀・・・かな?

【感想】
独立性の高い郭が数多く存在し、郭を仕切る堀切や土塁など見所がたくさんあり、時間を忘れるほどの城郭でした。近くへ訪れる際は是非。

2021年06月12日 左近衛中将かめかめ
鳥居平城[佐久良城  周辺城郭]



鳥居平城の続き・・・
城郭範囲が広いため郭5,6,7,8辺りを中心に2回目の投稿をさせて頂きます。

写真の説明
写真1:郭4,6と郭7間の堀切
写真2:郭8,9間の堀切を南に下りたところ。登り土塁のように見える。
写真3:郭7,8南側下の段郭
写真4:郭7,8間の堀切
写真5:郭5(マップ上ではここに鳥居平城のマークがある)西の段郭。物見のように見える
写真6:郭5,6間の堀切
写真7:郭3,4と郭5,6間の登城路にある土塁
写真8:郭8,9間の堀切

これでようやく半分ちょい・・・

2021年06月09日 左近衛中将かめかめ
鳥居平城[佐久良城  周辺城郭]



公民館に車を停めさせて頂き、登城開始。そこから北東へ向かうと100m程で城郭入口に着きます。階段を上がると正面に巨大堀切、左へ行くと案内板のある郭へ。

城郭は、北西から南西にかけて広大な範囲に築かれており、良好な状態で遺構が残っています。主郭がどの郭かは個人的にわかりませんでしたので、以降の説明は案内板のある郭を郭1とし、南西へ行くに従い郭2,3,4・・・とさせて頂きます。

今回は主に郭1,2,3周辺遺構を投稿します。

写真1:願成寺前の案内板
写真2:郭1の土塁
写真3:郭1,2間の巨大堀切
写真4:巨大堀切からのウネる竪堀
写真5:郭1の縄張り図
写真6:郭2北の段郭
写真7:郭2,3間の巨大堀切(北から)
写真8:郭2,3間の巨大堀切(南から)

2021年06月04日 左近衛中将かめかめ
桜内城[佐久良城  周辺城郭]



北脇児童遊園地前の道に駐車し、リア攻め開始。そこから法光寺へ向かう道を北上し、尾根の南西端辺りから入ることが出来ます。獣避け柵開けいざ入城。柵に沿って少し歩くと右側に城跡らしきものが見えてきます。上がれそうな所を探して入りましょう。一段上がると帯郭のようでその上に郭があります。
城域は、法光寺の北辺りかと思われますが、明確にザクザク削られているようには個人的に見えなかったので定かではありません。想像力を働かせましょう。

写真1:二段ある郭の虎口?
写真2:郭西側の竪堀かなぁ
写真3:郭東側の竪堀
写真4:城郭北の竪堀状遺構
写真5:郭東の横堀
写真6:虎口・・・だと思います。

2021年05月18日 左近衛中将かめかめ
長寸城[佐久良城  周辺城郭]



車は小学校横の駐車場に停められそうです私は佐久良城付近に停めて歩いて行きました。登城口までおよそ10分で着きます。
獣避けの柵を開けていざリア開始すると最初の分岐があります。そこを左に進むとすぐに竪堀が右側に見えてきます。あとは道なりに尾根の頂点まで登ります。尾根の頂点に着いたら左へ進むと5分程で主郭虎口が見えてきます。あとは本能の赴くままにウロウロして下さい。主郭には高い土塁や石積があり、見所がたくさんあります。
縄張り図のないまま勘だけに頼って行きましたが、とてもいい感じでした。

【写真】
写真1:登り始めてすぐお目にかかれる竪堀
写真2:主郭虎口手前の竪堀(横堀か?)
写真3:主郭北の切岸(と思う)
写真4:佐久良城へ繋がる西尾根の斜面中腹にある石積(堀底に存在してます)
写真5:西尾根斜面にある竪堀(個人的には畝状竪堀に見える)
写真6:写真5同様。こちらは上から
写真7:主郭南西にある石積
写真8:帰りにも捕まった登城口付近の竪堀

目ぼしい縄張り図がなく、個人の記憶のみであることを付け加えておきます。

2020年09月05日 近江守Silvine
大森城[佐久良城  周辺城郭]



大森城は東近江市大森町にある城で、旧八日市市と旧蒲生町の間にある布引丘陵にあります。六角氏麾下の布施氏のうち、分家の布施淡路守家の居城と伝わります。

遺構は大きく上下2段に分かれており、全体を土塁が囲んでいます。下の段には井戸と池があります。上の段へはスロープ状の登り土塁で繋がっており、上がったところで食違虎口で主郭に入ります。城の西側に堀切があり、東側は細尾根で守りを固めています。

城へは麓の大森神社から城の北側を走る道路に案内が出ており、遊歩道が整備されています。城内には説明板もあってわかりやすく、かわいい木の人形が迎えてくれます。登城口から城までは15分ほどです。

2020年05月30日 OROKA和泉守
鳥居平城[佐久良城  周辺城郭]



鳥居平城は蒲生氏の家臣である寺倉氏の城と伝えられますが、詳細は不明です。

とりあえず目印としては願成寺を目指すと、「←鳥居平城」みたいな案内が出ます。駐車場は専用のは無かった記憶なので、願成寺前の公民館あたりに車を停めさせてもらったかと。

案内に従って進み、丘を登ると整備された郭に出ます。ここに縄張り図付きの案内板があります。
この郭は土塁が巡り、木も伐られてとても見やすいです。しかし、縄張り図によるとこの城はもっと広大でさらに郭が続いているようです。

そこで、他の郭を探しに整備されていない竹藪へLet's トライ!
そこにはめっちゃ深い堀切や、見事な切岸、明確な土塁などの遺構が広がっています…が、いかんせん未整備でワイルド過ぎf(^_^;
しばらく探索してギブアップしました。

それでも充分に楽しかったです。

どなたか、鳥居平城をキレイに整備して、見やすくして情報たくさんくだされ。

2019年06月01日 尾藤左衛門尉知宣
桜内城[佐久良城  周辺城郭]



築城者・築城年共に不詳であるが蒲生秀綱が居城していたとされる。法光寺東側丘陵に二段の曲輪があり、それらを横堀と土塁で囲繞されている。

2018年05月18日 国士無双河内守
佐久良城

近江鉄道 日野駅よりレンタサイクルで向かいました。
車で来られる方も八幡神社の所に駐車スペースがあります。

城址入口のポストにパンフレットがあります。コンパクトな城域ではありますが、土塁・土橋・堀切・竪堀・石積等が良い状態で残ってます。
獣害防止フェンスで見にくい所もありますが、要所要所には案内板があり、整備も行き届いている方だと思います。

周辺には、日野中野城や鳥居平城(未登録)など城址が結構ありますよ。

レンタサイクルはアシスト付(半日¥700)をおすすめします。



2012年05月05日 主計允ぼくぜん
佐久良城

信長千種越え(杉谷善住坊の隠れ岩)攻略!

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