豊岡城(とよおかじょう)

豊岡城の基本情報

通称・別名

亀城、木崎城、城崎城

所在地

兵庫県豊岡市京町(神武山公園)

旧国名

但馬国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

山名持豊

築城年

室町時代

主な改修者

宮部継潤

主な城主

山名氏、宮部氏、木下氏、尾藤氏、福原氏、杉原氏、京極氏

廃城年

遺構

曲輪

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

山名氏城館(兵庫県豊岡市)[7.4km]
久美浜陣屋(京都府京丹後市)[10.0km]
出石城(兵庫県豊岡市)[10.1km]
轟城(兵庫県豊岡市)[10.8km]
楽々前城(兵庫県豊岡市)[11.9km]

豊岡城の解説文

豊岡城(とよおかじょう)は、兵庫県豊岡市にあった城。別名・亀城

沿革
但馬国守護大名山名持豊(宗全)により、此隅山城の出城として、標高48mの神武山に木崎城(城崎城)が建築された。山名氏のもとでは、山名四天王の垣屋氏が配された。

1580年(天正8)の羽柴秀吉による第二次但馬征伐で但馬国山名氏が滅ぶと、宮部継潤の支配となった。宮部氏は、城崎を豊岡と改め、豊岡城を改築した。このとき、城下町も整備され、豊岡の町の基礎となった。

江戸時代に入ると、豊岡藩として杉原氏が城主となっていたが、三代・重玄に嫡子なく、無子改易となったため、豊岡城は廃城となった。後に京極氏が入封し、再度豊岡藩が置かれるが、神武山の麓に陣屋が建築されている。

現在、豊岡城跡一帯は神武山公園として整備されている。

豊岡城の口コミ情報

柳生兵庫助如雲斎様[2016年09月14日]
城自体は1653年に破却されており遺構は見られませんが、本丸跡からは豊岡市街が一望出来ます。

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