楽々前城(ささのくまじょう)

楽々前城の基本情報

通称・別名

佐田城

所在地

兵庫県豊岡市日高町佐田字城山

旧国名

但馬国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

垣屋隆国

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

主な城主

垣屋氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、竪堀

指定文化財

再建造物

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楽々前城の口コミ情報

2019年07月07日 【】大隅守
楽々前城

もう一つの登城口
北近畿豊岡自動車道から国道482号線を神鍋高原方面へ静修小学校前の交差点を左折し、小学校の横を通ります。
通りに出ますので そこを渡ります。
道場区公民館を通りすぎ道なりに赤い橋を渡ると墓地が見えますのでそこに車を停めます。墓地の裏から尾根筋を目指して斜面を直登、数分で尾根筋に出ますのでそこからひたすら頂上を目指して 縄張り図を片手に 曲輪を直登します。遺構は良好に残っています。
超おすすめな城跡です。

2019年07月03日 伯耆守眠々丸
楽々前城

登城の一つの標として記します。国道482号線の久田谷交差点を川の方向へ曲がり、そのまま道なりに進むと関西電力の門で行き止まります。その手前の広場に駐車できます。車を停めた裏山が既に城内で、縄張り図を見ると楽々前城の北西麓に位置する【西方寺跡】になります。
ただ、明瞭な登城道は確認できなかったため鉄塔の裏斜面を直登することになりますが、ものの数分で西方寺跡の郭。苔玉にしか見えない石積みで仕切られた幾つもの郭がそこかしこにあります。面白いことに、谷側の郭に円墳様の遺構が残り、中央には石室跡を見ることができます。寺院の祭事用の何かだったのかもしれません。

ひととおり【西方寺跡】 を探索した後は、比高約230mの南城を目指します。が、ここにも明瞭な山道はなく目印となるピンクテープも見当たりません。倒木が多いものの藪漕ぎすることもなく、ひたすら上を目指すとなだらかな広い空間に。そこから一旦下りますが、さらに斜面を登ると踏み跡が明瞭な尾根筋に出ます。これを左に下ると【北城】と呼ばれる郭群に繋がります。もしかすると、北城を通る明確な登城道があるのかも知れません。

さて、尾根筋を右に辿り登って行くと、やがて連続する段曲輪を目にすることができれば、そこは南城の城郭エリアです。堀切、竪堀、土橋、切岸が綺麗に残り、楽しませてくれます。圧巻は西側の連続竪堀。見事な土木量に目を見張ります。また、主郭下の郭には石積みも見れます。

時間を忘れるほど遺構がしっかり残ってる一方で、特に主郭周りの整備はほとんどされてません。郭間や主郭に至る城内道はないと思ってください。足場を頼りに切岸を登ったり、或いは片足分の獣道を辿ることもしばしば。山登り用のしっかりしたシューズでないと辛いかもしれません。また、案内板、説明板の類いは一切ないので、縄張り図がないと迷う恐れ大です。

しかし、そう言うリスクを差し引いても、訪れる価値あるお城と思います。

2012年05月05日 パパ宮内卿たこ
楽々前城

山名四天王の一人、垣屋播磨守隆国が築いた城です。羽柴秀吉に攻められて天正8年(1580)に落城しています。有名な言い伝えとして、魚屋の「カキやコノシロ、ドコウ」と言う売り声を「垣屋、この城どこう」と聞き違えたという、落城を風刺したものがあるそうです。

2011年08月13日 きんくろ
楽々前城

読めないですね〜

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