秋元城(あきもとじょう)

秋元城の基本情報

通称・別名

小糸城、青鬼(せいき)城

所在地

千葉県君津市清和市場字根古屋

旧国名

上総国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

秋元義正

築城年

永正年間(1504〜1521)

主な改修者

主な城主

秋元氏、斎藤正房(北条氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、腰曲輪、土塁、横堀(空堀)、土橋、櫓台、虎口、切岸、井戸

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

佐貫城(千葉県富津市)[8.5km]
久留里城(千葉県君津市)[9.8km]
真武根陣屋(千葉県木更津市)[13.2km]
飯野陣屋(千葉県富津市)[13.6km]
笹子城(千葉県木更津市)[13.8km]

秋元城の解説文

※この城郭は2019年4月6日に名称と位置が変更となりました。

秋元城(あきもとじょう)は千葉県君津市清和市場にあった城である。小糸城、青鬼(せいき)城ともいう。

遺構
鹿野山の東の麓、標高約100mの丘陵に位置する。東方に小糸川が蛇行して流れている。

城域は東西550m、南北400mに及び(『君サ』)、千畳敷と呼ばれる広い曲輪を中心に西の尾根、北東の尾根にも複数の曲輪が造成されている(『週日』)。

また、曲輪の周囲には切岸や土塁、竪堀などが随所に見られるほか、尾根筋を遮断する堀切など、多くの山城遺構を残す。

歴史
永正年間(1504~1521)に、里見義豊が臣下の秋元義正に命じて築かせたという(『君サ』)。

秋元城のあった上総国周東(すとう)郡秋元庄は鎌倉時代から秋元氏が領有していたが(『大系』)、永禄7年(1564)の国府台の戦いで里見氏が北条氏に敗れると、秋元城は北条氏の攻勢を受け落城、義正の子・義久は戦死したといわれる(『君サ』)。

その後、北条氏が城代を置いたが、天正18年(1590)の豊臣秀吉による小田原攻めの後に廃城となった。

交通
JR久留里線上総松丘駅から車で約20分

参考文献
『大系』:『日本城郭大系 第6巻』新人物往来社、1980年。
『現板』:秋元城跡現地説明板。
『週日』:『週刊日本の城』デアゴスティーニ・ジャパン、2013年。
『君サ』:君津市公式サイト(https://www.city.kimitsu.lg.jp/site/kanko/)。

秋元城の口コミ情報

雑賀さん[2019年04月14日]
土地柄、里見と北条に翻弄された秋元城。平成最後の城めぐり登録、よくぞ加えてくださいました!

自然の地形を活かしながら、里見らしさ満載の遺構が残る素晴らしい城址です。

ところどころロープを掴みながら歩くかなりの勾配の登城路には、幾つもの虎口が現れます。10分も進むと城内主要部の千畳と呼ばれる郭があり、そこから広い郭が二段三段と階郭式の3段削平になっており秋元城の大きな特徴のひとつです。

そんな広々とした郭から土橋を渡りさらに奥へ進むと、自然の地形を取り込みながらの堀切や切岸、むき出しの岩盤に圧倒されます。

隣りの鹿野山へ続く尾根の大堀切や西側垂直削崖下にある横堀など見どころ満載です。

滑りやすい泥状の箇所や木やロープを伝う道もあり、装備には注意が必要です。

登城口の向かい側に専用の駐車場があるのは嬉しいのですがトイレはありません。

たくさんのめぐらーさんに訪れてほしい城址です。

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