安慶名城(あげなじょう)

安慶名城の基本情報

通称・別名

安慶名グスク、大川グスク

所在地

沖縄県うるま市安慶名

旧国名

琉球国

分類・構造

輪郭式山城

天守構造

なし

築城主

安慶名按司

築城年

14世紀

主な改修者

主な城主

安慶名按司

廃城年

遺構

曲輪、石垣、石門、狭間

指定文化財

国史跡(安慶名城跡)

再建造物

石碑

周辺の城

知花城(沖縄県沖縄市)[4.4km]
伊波城(沖縄県うるま市)[5.6km]
勝連城(沖縄県うるま市)[6.2km]
山田城(沖縄県国頭郡)[8.7km]
屋良城(沖縄県中頭郡)[8.8km]
座喜味城(沖縄県中頭郡)[11.2km]
北谷城(沖縄県中頭郡)[11.6km]
中城城(沖縄県中頭郡)[11.9km]
恩納城(沖縄県国頭郡)[13.1km]
泊城(沖縄県うるま市)[14.2km]

安慶名城の解説文



安慶名城(あげなじょう、琉球語: あげなグスク、あげなグシク)は、沖縄県うるま市安慶名にあったグスク(御城)の城趾である。

15世紀(三山時代)から16世紀にかけて同城を拠点に沖縄本島中部一帯を三代にわたり支配した安慶名大川按司(英祖王の男系子孫)の拠点として知られ、1972年(昭和47年)5月15日に国の史跡に指定された。

概要 

天願川の平地に隆起した珊瑚性石灰岩の岩塊の断崖と傾斜を利用した山城で、自然の岩と岩との間に石垣や城門を構えている。形態は、外側と内側に二重の石垣を巡らす輪郭式のグスクである。城の北に天願川が流れており、その別名が「大川」であったことから安慶名城も「大川城」という別名を持っている[1]

歴史 

三山時代の1322年に北山世主今帰仁仲宗根若按司の一族は、同族の怕尼芝(後に後北山王を称し北山王国を建国)に敗れ、今帰仁城を追われ若按司は落命、一族は離散。八男の今帰仁王子は南方の越来間切(後の美里間切)嘉手苅村へと流れ着いた。今帰仁王子は美里大主の娘・眞鶴金を妃とし美里間切伊覇村(現在のうるま市石川伊波)に伊覇城(現在では伊波城と呼ばれている)を築き、伊覇按司(一世)と名乗った。

1453年にその五男である安慶名大川按司一世によって安慶名城は改築城された。築城自体は旧城主の手によって1360年頃に行われたとされる。城周辺は安慶名中央公園として整備されており、現在も安慶名按司とその一族の墓は敷地内にあり毎年清明祭(シーミー)の時期には子孫らが集まる。

安慶名大川按司一世は安慶名城を中心に具志川(具志川城)や天願(天願城)、屋良(屋良城)、喜屋武(喜屋武城)に城を築き息子たちを城主として置き領土を拡大し中部最大の勢力を築き上げた。最盛期には勝連按司五世を打ち破り勝連城を支配、五男を勝連按司六世に置いた。

尚真王に討たれる

安慶名大川按司三世の代であった1511年、中山第二尚氏の尚真王は各地の按司を首里に集め中央集権国家を造ろうとしていたが、当時の安慶名按司の勢力は具志川、あるいは中部一帯に広がっており、首里に呼び寄せようとしてもこれを聞き入れなかった。

1526年、王府軍は安慶名大川按司三世が依然命令に従わないことを理由に安慶名城を攻めるが自然の要塞であり周りを水量の多い天願川に囲まれているため落城させることが難しかった。しかし、調べてみると安慶名城には水がないことが判明すると王府軍は兵糧攻め・水攻めを行い長期戦に持ち込み、遂には安慶名城を落城させ安慶名大川按司による三代70年に及ぶ統治は終焉を迎えた。

築城の目的

安慶名大川按司一世は当初、兼箇段(かねかだん)に築城を考えていたが、安慶名の小高い丘が適していると考え、この地にグスクを築いたと言われている。

特徴 

沖縄のグスクのほとんどが直線上に郭が連なり、奥に主郭がある連郭式と呼ばれる様式である中、岩山に築かれた安慶名城は中心部に主郭を置き、それを取り囲むように中腹に郭を巡らした、県内では珍しい輪郭式と呼ばれる様式をとる。

草木が生い茂っており、自然に覆われている。また、広場と公園があり城内には闘牛場もある。

出土品

  • 中国の陶磁器
  • グスク時代の土器

現在の用途

現在、遊具や広場が設けられ、子供の遊び場となっている。また、城址の中心には闘牛場があり、全島の闘牛大会が開かれている。

参考文献 

  • 沖縄タイムスカレンダー(https://senjp.com/agenajyou/)

安慶名城の口コミ情報

2021年04月22日 みやび姫
安慶名城

4/20の午後訪ねました。↓の方を参考に闘牛場目指すと小さい看板とそこに広い駐車場。が入り口しっかりチェーン...結局手前の公園駐車場(と書いてあったけどもしかしたらアパートの敷地かも)に停めました。入り口はちょっとわかりづらいですが川口浩探検隊のつもりで登れば見事な城壁が現れます!あ、足元は要注意。手袋もあった方がいいですね。

2021年04月03日 琉球守風のこうちゃん播守
安慶名城



沖縄県道8号線を走行すると「安慶名闘牛場」と道標が有ります☝️ここを目指して下さい💨安慶名城跡の道標、小さいです😑駐車場🅿有りトイレ🚻有り。

2016年08月31日 民部卿えもん
安慶名城

観光立地的には良い位置にあるのに上のトイレは閉鎖、遺構の案内板もなく雑草も伸びてて短パンでの登城はなかなかの試練でした。前の方の方も書いてますが登り口が非常に分かりにくく山を一周して最終的に人に聞いてやっと発見出来ました。ただ石段や石垣や最後の石門?なども素晴らしい物が見れましたよ。頂上部にも何が有ったか案内は有りませんが景色を眺めつついろいろ妄想出来ました。

2015年02月25日 【隠者】史学会帰新参
安慶名城

うるま市の中心地にありますが、国指定史跡であり、城跡は公園となっています。
駐車場もありますが、城跡の入り口は少し分かりにくかったです。闘牛場に行くと城の石垣は見れますが城跡には行けません。入り口から少し登ると天然の石を利用した石門がありその先が城の曲輪になります。周りの石垣がよく残っている。世界遺産の整備されたグスクとは違う石垣を楽しめます。他の方の口コミにあったとおり城跡は草や木が生い茂っているので季節によってはハブの注意が必要です。

2011年02月12日 ほっしー左近衛大将
安慶名城

城址への道にはハブが多数生息するとの地元の方の話です。 夏の登城は十分な対策と注意が必要です。

安慶名城の周辺スポット情報

 喜屋武城(周辺城郭)

 兼箇段城(周辺城郭)

 天願城(周辺城郭)

 クーグスク(周辺城郭)

 江洲グスク(周辺城郭)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 公園利用者・関係者用駐車場(駐車場)

 城跡入口?(その他)

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