吉野ヶ里(よしのがり)

吉野ヶ里の基本情報

通称・別名

所在地

佐賀県神埼郡吉野ヶ里町田手(吉野ヶ里歴史公園)/神埼市

旧国名

肥前国

分類・構造

環濠集落

天守構造

なし

築城主

不明

築城年

弥生時代後期

主な改修者

主な城主

不明

廃城年

遺構

貯蔵穴、土坑、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(吉野ヶ里遺跡)

再建造物

物見櫓、櫓門、兵士詰所、煮炊屋等、石碑、説明板

周辺の城

勢福寺城(佐賀県神埼市)[3.6km]
堤土塁(佐賀県三養基郡)[4.4km]
帯隈山神籠石(佐賀県佐賀市)[4.7km]
姉川城(佐賀県神埼市)[4.8km]
鎮西山城(佐賀県三養基郡)[5.2km]
直鳥城(佐賀県神埼市)[6.0km]
海津城(福岡県久留米市)[8.5km]
城島城(福岡県久留米市)[8.5km]
蓮池城(佐賀県佐賀市)[9.1km]
高木城(佐賀県佐賀市)[9.5km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

88 吉野ヶ里

設置場所

吉野ヶ里歴史公園東口[地図
吉野ヶ里歴史公園西口[地図

吉野ヶ里の解説文

吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)とは、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵に、およそ50ヘクタールにわたって遺構が残る、弥生時代の大規模な環濠集落跡である。

昭和61年(1986年)からの発掘調査によって発見され、現在は国営吉野ヶ里歴史公園として一部を国が管理する公園となっている。物見やぐらや二重の環濠など防御的な性格が強く日本の城郭の始まりとも言えるもので、2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(88番)に選定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。

遺構
佐賀県東部は、福岡県境に標高1,000m前後の脊振山地を北端に、脊振山地南麓の丘陵地帯、佐賀平野(筑紫平野)、有明海へと移るにつれて標高が低く、南に開けた地形となっている。吉野ヶ里丘陵はこの脊振山地南麓の丘陵地帯の1つである。

吉野ヶ里遺跡の最大の特徴とされるのが集落の防御に関連した遺構である。弥生時代後期には外壕と内壕の二重の環濠ができ、V字型に深く掘られた総延長約2.5kmの外壕が囲んでいる範囲は約40ヘクタールにもなる。壕の内外には木柵、土塁、逆茂木(さかもぎ)といった敵の侵入を防ぐ柵が施されていた。また、見張りや威嚇のための物見櫓が環濠内に複数置かれていた。大きな外壕の中に内壕が2つあり、その中に建物がまとまって立てられている。北の集落は北内郭、南の集落は南内郭と命名されている。

内郭の内外に建物の遺構が発見された。竪穴住居、高床住居は祭祀に携わるものやその側近が暮らしていたと考えられており、祭祀が行われる主祭殿、東祭殿、斎堂とともに内郭の中で見つかっている。また、食料を保管する高床式倉庫、貯蔵穴、土坑、青銅器製造の跡なども発掘された。

多数の遺体がまとまって埋葬された甕棺、石棺、土坑墓は、住民や兵士などの一般の人の共同墓地だと考えられている。一方、遺跡の南部と北部にあわせて2つの墳丘墓(それぞれ「北墳丘墓」「南墳丘墓」と命名されている)があり、こちらは集落の首長などの墓ではないかと考えられている。発掘された甕棺の中の人骨には、怪我をしたり矢じりが刺さったままのもの、首から上が無いものなどがあり、倭国大乱を思わせる戦いのすさまじさが見てとれる。また、ガラス製の管玉などの装飾品が一緒に埋葬されたものも多く見つかっている。

多数の土器、石器、青銅器、鉄器、木器が出土している。勾玉や管玉などのアクセサリー類、銅剣、銅鏡、織物、布製品などの装飾品や祭祀に用いられるものなどがある。1998年には、九州で初めてとなる銅鐸が遺跡の周辺部で発見された。九州北部で製造されたと推定されており、形状から福田型銅鐸とみられている。

出土した遺構や出土品には、九州北部をはじめとした日本各地のものと共通・類似した特徴を持ったものが見られるが、中国大陸、朝鮮半島、南西諸島と共通・類似したものも多く見られており、吉野ヶ里への渡来人の来航や吉野ヶ里から各地域への渡来によるものとみられる、さまざまな面での共通性が見られる。

また、遺跡内にある3基の前方後方墳は、弥生時代の集落が消滅した跡に造られたと考えられている。

歴史
縄文時代...

吉野ヶ里の口コミ情報

2021年07月27日 【✾】遮那王豊前守牛若丸
吉野ヶ里



兎に角敷地が広大です。
なので事前に見学時間やどこを観るか等をある程度計画しておくのが良いと思います。
そしてここは雷が発生しやすい地域だそうです。

また夏場に来る際は、熱中症対策をしっかりされてください。帽子、日傘は必須です。
私の登城口としての入り口は東口からでしたが、そこの券売機付近に案内のパンフレットがあり、それに地図が載っています。注意深く観て何処に自販機があるか等を事前に知っておくと良いと思いました。
(私が行った時は)園内だと北墳丘墓と展示室は空調が効いていて特に北墳丘墓が涼しかったです。

さて、城としての視点です。この遺跡をどれほどの方が城として観てたかは不明ですが(笑)、環壕の内側ではなく外側に城柵があり、内側には逆茂木がありました。その配置は攻め難いとは思いますが守り難いとも思います。それで中世の城の配置は合理的だと改めて思いました。

そして此処が邪馬台国だったのかどうか、ですが当時の他の地域の集落と比べたことがないので国としての防備が施されていたのか、または周辺集落も同じような防備設備があったのかで見方が変わるように感じました。
ただ此処が邪馬台国だったとして考えると、三国時代の魏が本気で攻めて来たら、兵力や軍備の差は歴然としているので30分も持たないのではないかと思いました。なので国交というよりも属国、しかも呉を牽制する役目も残念ながら余り果たせなさそうに感じました。

こうした点を考えると、私が邪馬台国側の人間なら、魏の使節団に邪馬台国の正確な場所を知られないように方向間隔を鈍らせて時間をかけて案内しようとするかもしれないと思いました。

上記のような考察や妄想を膨らませながら城域を巡っていたので、とても楽しい一時でした。何度でも訪れたい城?遺跡です、お勧めです😆

中でも北墳丘墓は特にお勧めします。当時の人の死を含めた生活を垣間見れる所です。

2021年05月18日 龍馬備中守【】
日吉城[吉野ヶ里  周辺城郭]



佐賀県の神埼郡の日吉城☆田手川の西岸の舌状低丘陵地で吉野ヶ里遺跡の中にある戦国時代の城郭になります☆遺構は残りません☆唯一高まりのみです☆
現在は日吉宮が祀られてます♪

この地に根を張った土豪・執行直明の館で後に龍造寺隆信の家臣・江上武種が、ここに隠居しました☆北側にある勢福寺城、長者原城の出城として機能しました☆

この江上氏は少弐氏の家臣を経て少弐氏滅亡後は龍造寺氏の家臣として活躍♪

江上武種は一時は神代勝利・八戸宗暘・小田政光・筑紫惟門、含む19将と共にこれに与し龍造寺隆信と対立しました、が…在城していた勢福寺城に龍造寺軍が来襲すると江上武種は防ぎきれず城を出て仁比山へ退きました☆

その後、少弐氏を滅亡に追い込むと龍造寺隆信と和睦を結びました☆そして勢福寺城へ戻る事が出来ました☆
和睦を結んだ江上武種は以後、龍造寺氏に属して神代氏攻めなどにも参加しますが豊後・大友氏が肥前へ侵攻してきます☆江上武種は龍造寺隆信へ援軍を要請しましたが…援軍出さず☆生き残る為に…豊後・大友方に合力して村中城(後の佐賀城)攻めに参加しちゃいます☆
【今山の戦い】で豊後・大友方の龍造寺攻めが頓挫すると龍造寺隆信の逆襲が始まります☆龍造寺隆信は鍋島直茂に2,000の兵を与え江上武種を攻めました☆
この攻めに対して江上武種は一度はこれを退けますが、結果的に龍造寺隆信の圧力に屈し龍造寺隆信の子の家種を養子に迎え入れ再度、和睦を成立させていきます☆以後、江上氏は家種の指揮のもと龍造寺旗下として活躍しました♪

2021年05月12日 まも左京亮
吉野ヶ里



吉野ヶ里公園駅から歩いて10分ほど。有料エリアは入場料460円です。


2021年03月07日 ら陸奥守
吉野ヶ里



壮大なスケールで弥生の時代に古代政権の先駆けとなるものが興隆した事が伺えます。三内丸山遺跡と相まって古代遺跡群の双璧と言えます。必見です!

2020年11月24日 左衛門督みの
吉野ヶ里



バスはあてにできません!とにかく広いので覚悟して行ってください。駅の案内所みたいなところで200円で自転車貸してくれます。

2020年11月22日 ぐっさん^。^)y-
吉野ヶ里

25年ぶりに来ました。昔に行った時は、南内郭と北内郭ぐらいしか回れなかった記憶が有ります。今は、復元もかなり進んでますしまだまだ復元工事してるヵ所も有ります。

入場料は大人460円、小人は無料、駐車場310円です。チケット購入後一度出ても本日のチケット見せたら東、西、北口ゲート側からまた入れます。遺跡はかなり広大で全体見せたら半日以上はかかるんじゃないかなと思います。

園内は歴史を学べる他、西口側には子供の遊び道具もかなり充実してます。(城旅行の口実も子供を使って計画出来るんじゃないかな-w)場所も高速インターからも近く国道34号に出れば色々あるので便利だと思う。東ゲート側にはお土産コーナー、飲食コーナーも充実します。一度は訪れる価値有ると思います。

2019年06月02日 小豆_釆女正
吉野ヶ里



とても広い施設に、遺構群や資料館が点在しています。
入園料は大人460円。

2019年06月02日 小豆_釆女正
吉野ヶ里歴史公園東口[吉野ヶ里  スタンプ]



券売機の左側、団体受付のカウンター近くにスタンプが設置されています

2019年05月17日 ちろりん紀伊守
北内郭[吉野ヶ里  遺構・復元物]



板屏で囲まれた北内郭は、祭祀が行われていた主祭殿(王宮殿)を中心に物見櫓・斎堂・兵士詰所等がある

2019年05月17日 ちろりん紀伊守
北内郭[吉野ヶ里  遺構・復元物]



重要施設(北内郭)に入れる唯一の入り口
直接中が見えず、敵の侵入を阻止する仕掛けがある

2017年05月07日 織田上総介晃司
吉野ヶ里

駐車場は東口・西口・北口の3ヶ所ありますが、GWに訪れたので一番遠い北口に停車。

東口入口にはお土産屋があります。

かなり広大な敷地に復元された住居跡・資料館もありかなりの時間は必要です。
(ちなみにもっと広大な弥生遺跡としては鳥取県のむきばんだ遺跡があります)

15年前に訪ねた時は有料だったけど、いつから無料になったんだろう?
(駐車場も無料です)





2014年01月04日 三日陸奥守落人
吉野ヶ里

国営公園となっている遺構は、園内バスがあるほど広大です。しっかり見て回るなら半日は必要と感じました。
復元の仕方には不自然に思える部分(逆茂木・土塁・掘の並びが普通と逆)もありますが、国営だけにしっかり分かりやすく整備されています。
案内所横のショップ&レストランのメニューも地産品を使ってて、意外にいけますよ~

2012年09月13日 はせちゃん弾正忠
吉野ヶ里

吉野ヶ里遺跡にて、9/15発掘調査現地説明会が実施されます。環濠が新たに発掘調査にて確認されたとのこと今後当面、発掘調査現地説明会は実施されないですから、貴重ですよ

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