矢倉城(やぐらじょう)

矢倉城の基本情報

通称・別名

矢倉畦城、矢蔵畦城、桝形城

所在地

岡山県加賀郡吉備中央町納地

旧国名

備中国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

田中盛兼

築城年

鎌倉時代後期

主な改修者

主な城主

田中氏、難波氏(毛利氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、土塁、井戸跡

指定文化財

町史跡(矢倉城跡)

再建造物

周辺の城

備中松山城(岡山県高梁市)[7.6km]
有漢常山城(岡山県高梁市)[7.9km]
佐井田城(岡山県真庭市)[12.6km]
鬼ノ城(岡山県総社市)[14.5km]
鍛冶山城(岡山県岡山市)[15.7km]
鶴首城(岡山県高梁市)[16.3km]
冠山城(岡山県岡山市)[17.2km]
鬼身城(岡山県総社市)[17.5km]
徳倉城(岡山県岡山市)[20.1km]
亀山城(岡山県総社市)[20.5km]

矢倉城の口コミ情報

2021年09月06日 ドクターイエロー
おふくの方様隠棲の地[矢倉城  寺社・史跡]



戦国の才媛で絶世の美女と言われた、おふくの方さまは美作国高田城主・三浦貞勝の正室として支えていましたが永禄8年(1565)落城の憂き目に遭い、逃れて当地(備前国下土井)の縁故先に辿り着き住んでいました。

その後、岡山城主・宇喜多直家に迎えられ、八郎(後の秀家)を授かりますが、直家没後は備中高松城水攻めで岡山入りした羽柴秀吉に見初められ、秀家と共に大阪城に召されました。

県道66号線に腰痛地蔵尊横山様の案内看板があり、そのまま細い山道を登ると顕彰碑が建立された広い駐車場に着きます。横山様もすぐ眼の前です。ちなみに絶滅危惧種の野鳥ブッポウソウの飛来地としても有名です。R3.9.5訪問

2021年05月03日 ドクターイエロー
伊達弾正館[矢倉城  周辺城郭]



県道472号線、伊達家の菩提寺の妙本寺の南約300mの尾根上に位置しています。県道沿いに説明板がありますが、その真上の森の中です。説明板によると妙本寺開設の大檀那伊達弾正朝義の居館跡と伝えられるそうです。その後伊達氏の居城は北方向の古和田城(野山城)へと移ります。

ここの敷地は説明版のすぐ横の民家の私有地になります。県道も道幅狭いので見学の際にはひと言ご挨拶して許可をいただいて(更に車を停めさせていただいて)からにしましょう。

岡山県中世城館跡総合調査報告書等によると2つの曲輪で構成されており、石垣はないものの土塁が多く残っているとされています。Ⅱ郭の中心部には祠が祀られていていましたが、Ⅰ郭周辺は荒廃が著しく、今回は有り難いことに民家の方に案内して頂き碑の立っている土塁の一部は確認できましたが、それ以上奥には進めませんでした。Ⅰ郭には以前ブドウ畑があったそうです。R3.5.3訪城

2021年05月02日 ドクターイエロー
備前勝山城[矢倉城  周辺城郭]



西の裾を大山道(県道66号線)が通る尾根上に位置している山城です。山麓にある鰯屋公会堂の前にご近所の方に声掛けして車を停めさせていただきました。登城道は綺麗に整備されていますが、やがて未舗装になります。やがて突き当りを右折して城の北側を進みます。右手に道まで伸びている竪堀を見つけたら、その先にちゃんと階段が設置されています。ここまで約20分足らずの行程です。

3つの郭で構成されています。Ⅰ郭とⅡ郭には祠が祀られていてⅡ郭にはベンチも設置されています。以前訪ねた際に、地元の有志の方がふれあいの場ということで整備されたとのこと。地元愛、いいことですね!

この城の防御は何と言っても多くの畝状竪堀群です。経年によりかなり見えづらくなっているのが残念です。山道に面した北側の急斜面以外に配置されていて守りを固めています。

南500mの山中には「おふくの方様隠凄地」なる碑が立っています。おふく様は作州高田城主・三浦貞勝に嫁ぎ正室だったが戦に敗れ、この地に身を寄せていました。その後宇喜多直家の知るところとなり正室として迎えられ秀家を授かります。ここは腰痛地蔵尊横山様、絶滅危惧種ブッポウソウの飛来地としても有名です。R3.5.1訪城

2021年05月02日 ドクターイエロー
古和田城[矢倉城  周辺城郭]



国道484号線沿いの道の駅かようが登城口になります。敷地の片隅にある大和山遊歩道の案内看板に従って登城口を進みましょう。200mほど行ってから右折して山の中に入りますが、地元の皆様によりことわざの道として整備されており、疲れも癒されます。登ること約15分、古和田城の唯一の案内看板を左折して坂を登りきると、城の北端に到着します。ここまで約20分の行程です。

曲輪は3段より構成されているようです。最上段Ⅰ郭には神社が祀られており、その周囲には石垣も認められています。Ⅰ郭を取り巻くⅡ郭とその下のⅢ郭の西側を主に土塁の遺構が残っています。Ⅱ郭周囲の切岸は場所によってはかなりの高さ(5~6m)を有しており防御の要であったと思われます。

また城山の南方約1キロにある説明板によると開城は文明15年(1483)にここ野山庄を治めていた伊達氏が従来の弾正館から移ったとされています。弾正館はこの説明板から南へ500mの丘陵上にあります(説明板あり)。

なお岡山県中世城館跡総合調査報告書によると、ここの城は野山城として紹介されており、古和田城は尾根東裾、登城口すぐの場所に位置しているとされています。R3.5.1訪城

2020年11月22日 ドクターイエロー
矢倉城



国道484号線、道の駅かようが目印になります。入口にあたる県道305号線を北に約4キロ、県道が右に大きくカーブしたところを更に100m程直進すると納地史跡案内図が右手に見えますので、その坂を右折して登ります(大型車厳しいかも?)。登りきったら民家3軒ほどありますので、そこで頼んで車を置かせていただいて、民家沿いの道を山の奥に400m進み、峠にある木製の標識に右方向への未舗装の細い山道を更に進みます。200m程で保安林の看板付近でリア攻め可能になりますが本丸はもう少しです。やがて平な郭と切岸が表れ、堀切を渡り切岸を登ると本丸跡です。周囲は土塁で囲まれているようです。しかし雑草が多く繁り、案内看板やその先にあると聞いた井戸跡には到達できませんでした。R2.11.22訪城

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