賀陽氏館(かやしやかた)

賀陽氏館の基本情報

通称・別名

所在地

岡山県岡山市北区川入

旧国名

備前国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

不明

築城年

鎌倉時代?

主な改修者

主な城主

賀陽氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀跡

指定文化財

県史跡(伝賀陽氏館跡)

再建造物

周辺の城

撫川城(岡山県岡山市)[2.3km]
庭瀬城(岡山県岡山市)[2.3km]
辛川城(岡山県岡山市)[2.8km]
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賀陽氏館の解説文

賀陽氏館(かやしやかた)は、岡山県岡山市北区川入にある城館。

歴史
吉備津神社に近接していることや城館の規模や形式から、吉備津神社と深い関係があった在地豪族・賀陽氏の館跡と伝わる。

賀陽一族は9世紀末には郡内の行政や神祇の要職、国内あるいは中央の武官の地位を占めていたとみられる。中でも備中唯一の明神大社である吉備津神社との関わりは深く、平安時代には神務を世襲した豪族の中でも中心的な家筋だったらしい。吉備津神社は全国的にも厚い尊崇を受けており、賀陽氏の備中での存在の大きさがうかがえる。なお、開祖し建仁寺を開山した栄西は、賀陽氏の出身である。

遺構
備前と備中の国境、吉備中山の西裾付近に位置する。所在地の小字は「城」で、付近一帯は「城廻り」と呼ばれる。館を含む中山西麓には東山遺跡があり、発掘調査で中世集落の跡が確認されている。

現在は宅地化され上面はかなり削られているが、南北61m×東西76mの長方形の館があり、周囲には幅26~31mの堀がめぐっていたと考えられる。かつては館の西側を足守川が流れていたともいわれ、堀は足守川とつながっていた可能性もある。

南端中央付近に高さ1m、幅1m、長さ1m程度の土塁と見られる高まりが残るのみだが、かつては土塁が全周していたと考えられる。

交通
JR吉備線吉備津駅から車で約8分

参考文献
『岡山県中世城館跡総合調査報告書 第2冊-備中編-』、岡山県教育委員会、2020年。

文:萩原さちこ

賀陽氏館の口コミ情報

2011年09月01日 正和
賀陽氏館

地元の人に訪ねて行きました。沼「お堀か…」に囲まれ、草木の繁る高台との事…。賀陽氏は吉備津神社神官五家の一家との事…。

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