辛川城(からかわじょう)

辛川城の基本情報

通称・別名

西辛川城

所在地

岡山県岡山市北区西辛川

旧国名

備前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

虫明市内、戸川達安

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、堅堀

指定文化財

再建造物

周辺の城

賀陽氏館(岡山県岡山市)[2.8km]
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辛川城の解説文

辛川城(からかわじょう)は、岡山県岡山市北区西辛川にある山城。

歴史
築城年代は定かではないが、『御津郡史』によると、城主は虫明市内とされる。虫明市内は浦上宗景に従っていたが、後に宇喜多直家に属した。天正8年(1580)に小早川隆景率いる毛利軍を宇喜多軍が迎え撃った辛川合戦で知られ、この際に辛川城で激戦が繰り広げられたとされる。

天正10年(1582)の羽柴秀吉の備中攻めの際には、備前・備中国境の監視や警戒のための拠点となり、秀吉の直臣が入城していたようだ。

遺構
大平山から南東へ派生する、標高約98.1mの山頂に築かれている。備前の西端にあり、備中の国境まで約1kmに迫る立地だ。岡山平野を眼下に見渡せ、南麓には山陽道を見下ろせる。東側には、砂川や中川などが南北に流れている。

城域は東西70m、南北120mと小規模で、山頂に35m×55mの南北に細長い曲輪を置いた単郭構造だ。曲輪は周囲にいくつも折れや張り出しを設けて横矢を掛け、東辺、北辺、西辺北半には高さ50cm前後の低い土塁がめぐる。虎口は3か所(北側・東側中央・南東隅角)にあり、北側と南東隅角の虎口は喰違い虎口、東側中央の虎口は平虎口だ。

東斜面と南斜面の傾斜が緩いため、虎口の外側に堀切を設けて防御線としているようだ。東側には幅2m、深さ1mの堀切があり、西側には低い土塁を伴う。南側の堀切は幅3m前後で深さは50cm程度だが、西端は竪堀のように落ちている。北斜面にも幅4m前後の堀切があり、この両端もやはり竪堀のように落ちている。

小規模な単郭構造で曲輪の造成が甘いなど、周辺に築かれた陣城と共通性が見出せる。周辺の城が一体となって城塞群を形成し、備前の最前線として機能していたと推察される。

交通
山陽自動車道吉備スマートICから車で約5分

参考文献
『岡山県中世城館跡総合調査報告書 第1冊-備前編-』、岡山県教育委員会、2020年。

文:萩原さちこ

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