永原城(ながはらじょう)

永原城の基本情報

通称・別名

(永原御殿)

所在地

滋賀県野洲市永原1093

旧国名

近江国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

永原氏

築城年

室町時代

主な改修者

徳川幕府

主な城主

永原氏

廃城年

貞享3年(1686)

遺構

曲輪、土塁、櫓台、堀、石垣

指定文化財

再建造物

周辺の城

桜生城(滋賀県野洲市)[2.3km]
小堤城山城(滋賀県野洲市)[3.6km]
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金ケ森城(滋賀県守山市)[6.4km]

永原城の口コミ情報

山城守@ひと休み様[2018年02月14日]
以下時事通信ニュースより

滋賀県野洲市教育委員会は、徳川家康、秀忠、家光が宿泊施設として使った「永原御殿跡」で、寝室のほか、望楼か茶室とみられる建物跡を確認したと発表しました。いずれも御殿内部を描いた絵図とほぼ一致しているそうです。

永原御殿は3将軍の上洛に際して使われ、本丸と二の丸、三の丸で構成。家康が建築し、家光が本丸拡大などの大改修を手掛けました。家康は7回、秀忠が3回、家光は2回宿泊してます。

昨年8月以降、本丸の一部を初めて発掘調査。中央部の南北12m、東西7mの区域で柱を支えた礎石などを見つけたほか、西側の南北4.8m、東西4.5mの区域でも礎石などが出土しました。

山城守@ひと休み様[2015年06月21日]
御殿跡の西側には石積みが残り、御殿の門が市内の浄専寺に移築されてます。
また、草津の芦浦観音寺に観音寺書院も移築されたものと言われてます。

古楽侍従広家様[2011年08月02日]
将軍が京に向かう道中にある御茶屋御殿のひとつ。
ここは、外郭の水濠の跡が半分以上その形がわかるように残っているそうです。
でも、中の部分は藪に覆われて、入ることもままなりません。せっかくの史跡なのにもったいないです。
地域の案内地図に唯一ある遺構は石垣が見れることでした。

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