日根荘城館(ひねのしょうじょうかん)

日根荘城館の基本情報

通称・別名

日根荘城館[土丸城(槌丸城)・雨山城]

所在地

大阪府泉佐野市土丸/泉南郡熊取町野田(地図は土丸城を示す)

旧国名

和泉国

分類・構造

城館遺跡群

天守構造

築城主

日根野氏[土丸城]、橋本正高[雨山城]

築城年

南北朝時代[すべて]

主な改修者

主な城主

日根野氏[土丸城]、橋本氏、広橋氏、根来寺衆[雨山城]

廃城年

元和3年(1617)[すべて]

遺構

曲輪、土塁、堀切、井戸[すべて]

指定文化財

国史跡(日根荘遺跡)

再建造物

説明板[すべて]

周辺の城

根福寺城(大阪府貝塚市)[2.7km]
千石堀城(大阪府貝塚市)[5.7km]
積善寺城(大阪府貝塚市)[6.9km]
吉見陣屋(大阪府泉南郡)[7.6km]
根来寺(和歌山県岩出市)[9.8km]
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猿岡山城(和歌山県紀の川市)[10.5km]
貝吹山城(大阪府岸和田市)[11.3km]

日根荘城館の解説文

日根荘城館は鎌倉時代から戦国時代にかけて、現在の泉佐野市域にあった雨山城・土丸城を含む城館等の総称。「日根荘遺跡」として国の史跡に指定されている。

土丸城

土丸城(つちまるじょう)、または槌丸城は、大阪府泉佐野市土丸の城ノ山(じょうのやま)に所在する。南北朝時代の日本の城跡(山城)。南朝・北朝間での激しい争奪の舞台となった。2013年(平成25年)10月17日、隣接する泉南郡熊取町の雨山城と共に「土丸・雨山城」として国の史跡・日根荘遺跡の一部に加えられた。

概要
南北朝時代
土丸城は、樫井川の渓谷に面し、紀州・泉州を結ぶ粉河街道をおさえる要衝の地に位置する。『日本城郭大系』では、雨山城が1346年(南朝:正平元年/北朝:貞和2年)に南朝方で楠木氏一族の橋本正高による築城とあるのに対し、当城は1347年(南朝:正平2年/北朝:貞和3年)ごろに北朝方の日根野氏が築いたとされている。

1347年(南朝:正平2年/北朝:貞和3年)、北朝の足利尊氏の命を受けて、和泉国守護に就任した高師泰は、雨山の麓、熊取荘に隣接する日根荘の武士であった日根野盛治にこの城の守備を命じた。しかし、尊氏・直義兄弟の内乱(観応の擾乱)から高師泰は左遷され、南朝方が勢力を盛りかえした結果、1352年(南朝:正平7年/北朝:観応3年・文和元年)から翌53年の戦いで日根野氏は南朝方に土丸城を奪われている。

1378年(南朝:天授4年/北朝:永和4年)に南朝方の橋本正高・和田正武らが土丸城を拠点として北朝方と戦ったが敗れている。橋本正高は、1379年(南朝:天授5年/北朝:永和5年)と翌1380年(南朝:天授6年/北朝:康暦2年)にも当城に拠って戦ったが山名氏清らに敗れ、高名里(現在の貝塚市海塚付近)で戦死したと伝えられている。

室町・戦国時代
その後も楠木正勝や山名義理らが当城および雨山城に拠り、15世紀以降も山名氏や畠山氏らの抗争の舞台となったが、最終的には1617年(慶長20年)の一国一城令で雨山城と共に破却されたと伝えられている。

城跡
城ノ山(土丸山)山頂を曲輪とするが北東400メートルにある雨山の雨山城とは、急峻な堀切状の谷地形を挟むものの一体の城郭を形成しており、土丸城は雨山城の三の丸との位置付けもなされている。「土丸・雨山城」とも呼ばれ、2013年(平成25年)、両城は国の史跡・日根荘遺跡を構成する遺構群に指定された。

雨山城...

日根荘城館の口コミ情報

2021年01月20日 ひろ刑部少輔
日根荘城館



雨山・土丸城跡に行ってきました!
永楽ダムからハイキングコースで展望台経由で行けて一挙両得です。
石垣はなく遺構は少なめでしたが 府内でここまで残っていれば十分ですね。

2020年03月13日 天道刑部卿早雲
登城口(土丸城側)[日根荘城館  その他]

土丸城側の登城口です。
泉佐野駅前からのバスで近くまで行けます。

・南海ウイングバス
南部23犬鳴線
バス停「土丸」もしくは「大土出張所前」で降車
※「水呑地蔵」で降車すると近くに別の登城口があるようです

近くに駐車スペースは見当たりませんでした。
登城道に結構な傾斜部分があります。
お車利用の方は、雨山城側からのリア攻めをおすすめします。

2020年03月13日 天道刑部卿早雲
登城口・駐車場(雨山城側)[日根荘城館  その他]



2013年に大阪府泉佐野市の国史跡日根荘遺跡に追加指定された雨山城・土丸城の雨山城側の登城口
近くに車5台ほどの駐車スペースあります
雨山城主郭まで30分
※雨山城は熊取町
土丸城主郭まで+15分ほど


2019年03月17日 馬秀のすけ
日根荘城館

阪和道下の登山口から土丸城→雨山城へというコース。土丸城へはちょっとキツいが登山道は整備されてた。雨山城から下山のコースが楽チン。成合口からバスで熊取駅へ帰りました。

2018年12月31日 ℵ新居泰之進ℵ
日根荘城館

《PART1》
この口コミについては、このアプリで「日根荘城館」と登録されている城の中でも「雨山城&土丸城」の2城について書く。
2城で分けているが、2城の間には大きな谷で区切られているものの距離的には400mも離れていない。
いわゆる一城別郭の城である。

【難易度&アクセス&駐車場】
山城レベル⦅普通⦆
駐車場は、雨山城のある雨山の北側に雨山城の看板と駐車スペースがある。
雨山城の北に阪和自動車が走っているが、それより少し北側の「成合南」というところだ。
城の北側に駐車した後、雨山に向かって「雨山城」の看板があるので、それに従って阪和自動車の下を通って、歩いて山へと向かっていく。
ハイキングコースとして整備されおり、非常に整備されて歩きやすい。

2018年12月31日 ℵ新居泰之進ℵ
日根荘城館

《PART2》
城跡まで「〜町」の石碑もあるので、目安となる。
登山口から歩いて27分程度で城跡へと至った。

【見所】…雨山城
上記の登山道を登っていくと鳥居が見える。
この辺りが、現地の看板の縄張図によれば虎口郭とある。
鳥居を越えて直ぐ両端に竪堀が落ちているのが
確認できる。
★見所①虎口郭竪堀

虎口郭を南にいくと千畳敷と主郭の非常に高く切り立った切岸がみえる。
★見所②:主郭&千畳敷切岸

2018年12月31日 ℵ新居泰之進ℵ
日根荘城館

《PART3》
主郭には雨山神社跡の祠がある。
また、主郭と千畳敷の間から少し下りたところに井戸跡がある。
★見所③:井戸跡

【見所】…土丸城
井戸跡から歩いて10分程度で土丸城にも行ける。
雨山城から土丸城に行く途中で物見郭のような高台があり、そこを越えていくと直ぐ土丸城だ。
土丸城への案内板があるので、迷うことはないと思う。
土丸城に到着すると、広く削平された三の丸があり、三の丸の西側に土塁がある。
その土塁と主郭の間が一見深い堀切のように見えるが、「武者隠し」となっており珍しい構造である。
★見所④:三の丸西側の武者隠し

主郭には、櫓台に祠があり、さらにその祠の三の丸側には、低いが見てわかる程度の土塁もある。
★見所⑤:主郭の櫓台&土塁

主郭北側は二の丸でその北側には二段郭がある。
そこに登城道沿いに浅いが堀切がある。
★見所⑥:北側の二段郭沿い堀切

さらに主郭の西側にも堀切がある。ただし、こちらは藪漕ぎの上に切岸を下りないと見れない。
★見所⑦:主郭西側の堀切

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