浜田城(はまだじょう)

浜田城の基本情報

通称・別名

所在地

三重県四日市市鵜の森1

旧国名

伊勢国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

田原忠秀

築城年

文明2年(1470)

主な改修者

主な城主

田原氏

廃城年

遺構

土塁

指定文化財

市史跡(浜田城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

茂福城(三重県四日市市)[4.6km]
采女城(三重県四日市市)[5.3km]
神戸城(三重県鈴鹿市)[10.2km]
菰野城(三重県三重郡)[11.2km]
桑名城(三重県桑名市)[13.5km]
千種城(三重県三重郡)[14.1km]
国府城(三重県鈴鹿市)[15.4km]
峯城(三重県亀山市)[15.7km]
長島城(三重県桑名市)[16.1km]
亀山城(三重県亀山市)[19.4km]

浜田城の口コミ情報

2021年06月06日 安濃津伊勢守壱午【若・勘】
羽津城[浜田城  周辺城郭]



上野国赤堀庄に土着していた田原氏が、伊勢に移り、この地に城を構える。元亀3年、信長による伊勢侵攻で落城する。小牧・長久手合戦後、廃城となる。

現在、城址には主郭、僅かながら土塁が残っている。看板や立派な石碑も設置されている。主郭は近鉄名古屋線で分断されてしまっている。私が訪れた際、駐車場は何故か封鎖されていた。この辺りは道が狭いので注意。近鉄阿倉川駅から徒歩での登城可能。

2021年05月01日 課長大和守side-B
羽津城[浜田城  周辺城郭]



羽津城は15世紀後半頃に田原盛宗によって築かれ、以降6代にわたり1570年前後に織田軍の北伊勢侵攻により滅ぶまで赤堀三家の一拠点として存在した城です。

現在は公園となった主郭の真ん中を近鉄名古屋線が貫通し、2分割された中央部を橋で繋いでいます…(^^;
西側部分には土塁や空堀の痕跡がうっすら残り、城跡碑や説明板も建っています。
また東側部分は広場になっていて遺構は無いですが周辺住宅地との高低差が城を偲ばせています。

アクセスは近鉄阿倉川駅から程近い位置で、クルマの場合も駅近辺に置いて向かわれると良いと思います。

2021年04月22日 御摂津守
浜田城



四日市駅からすぐのところの公園の一角にあります。高台を予想してましたが、平地でした。広くはないですが見どころの多い神社でした。

2021年01月31日 能登守さとみっくす
浜田城

近鉄四日市駅付近にある浜田城。現在は鵜森神社と化し、復元された冠木門をはじめ、石碑説明板、土塁らしきものがあります。
なかなかいいところなので行ってみてください。

2020年11月14日 てるちゃん
浜田城



市民の公園になっています。土塁らしき盛り土、かつての物か不明です


2016年09月14日 ソバッソ83.5
浜田城

遺構はほぼ残ってないっぽいっす

アプリの示す場所にある「鵜の森公園」→「鵜森神社」の境内に土塁が残ってる程度だとの事。
実際に見ましたが、遺構なのか後世の造成なのかは僕には分からんです。

平和な公園があり、近隣住民たちの憩いの場になっていました。
ジイ様が歩行器を使って散歩して
お母さんと女のコが遊んでて
若いカップルが昼間からイチャイチャしてて
そんな中、僕はカメラ片手に遺構はないかー遺構はないかー、と30分もフラフラとしてました。
ガツガツと遺構を探さずに、のんびりと公園を散策するが良いかと。

ただ、東海道と四日市工業地帯との位置関係から、交通の要衝を押さえる城郭だった事は読み取れます。
古地図片手に移動される前の東海道を探しながら歩くのも面白そうです。

2016年02月21日 御狐神左近衛大将双熾
浜田城

田原美作守忠秀によって築かれた城。
現在城跡は茶室を備えた鵜の森公園となり、公園内の神社に、忠秀以下四代の霊が祀られています。
公園側はかなり整備され遺構を確認することは難しいですが、神社側は一周するかのように土塁が巡っています。
茶室…泗翠庵(しすいあん)では一服400円でお菓子と抹茶が楽しめます。

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