山田野城(やまだのじょう)

山田野城の基本情報

通称・別名

所在地

三重県津市白山町山田野字上山口

旧国名

伊勢国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

長野左京進

築城年

天正年間(1573〜1592)

主な改修者

主な城主

長野氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、堀切

指定文化財

再建造物

周辺の城

家城城(三重県津市)[2.5km]
長野氏城館(三重県津市)[11.6km]
百地丹波城(三重県伊賀市)[13.5km]
久居陣屋(三重県津市)[13.7km]
阿坂城(三重県松阪市)[14.1km]

山田野城の解説文

山田野集落の北の標高約65メートル、麓の集落との比高差約80メートルの山頂に立地する。

麓には家城盆地と小倭方面・青山峠を結ぶ道が通る。城跡から南に700メートル離れた集落内では、昭和60年度に県営ほ場整備事業にともない発掘調査が行われ、掘立柱建物(中世前期?)や犬形土製品などが見つかっている。「下司名」などの地名も残っている。

城跡の中心には南北約20メートル・東西約15メートルの長円形の曲輪がある。この曲輪の周囲には曲輪内からの高さが3メートル程の土塁が存在する。曲輪の南側には虎口があるが、この部分では東側の土塁が張り出しており、食い違い状の虎口となる。また、西側の土塁の幅が広くなっている。

虎口外には高さ1メートルほどの土塁を持つ小規模な曲輪がある。虎口付近にみられるこのような特徴は上ノ村城跡・稲垣城跡とも共通する。

曲輪の西裾には堀状の小さなくぼみがある。このような溝状遺構は、すでに山本浩之氏によって報告されている立野城跡や滝之川城跡にみられる主郭裾の溝状遺構と同様のものであろうか。その溝状遺構の西には南北25メートル・東西30メートル程の平坦地がある。この部分には高さ1メートル程の低い土塁が巡る。

しかしこの部分は植林などでかなり荒らされており、確実に曲輪とは言い切れないところである。西の尾根続きには堀切などはみられない。

もっとも注目すべきは曲輪の東側の帯曲輪である。帯曲輪は南側では幅10メートルほどで比較的フラットであるが、北側では段差を持ち、2本の竪堀が存在する。北の尾根続きには堀切がある。堀切の西にも竪堀が存在する。

情報提供:津市教育委員会

山田野城の口コミ情報

信幸隠岐守様[2012年05月13日]
津市遺跡地図をたよりに行ったがこのあたりバブル時代に別荘用地として中途開発今は、あれほうだい木々も倒れほったらかし状態

三河守コーキしゃん様[2011年04月25日]
藪だらけで途中までしか行けませんでした

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