采女城(うねめじょう)

采女城の基本情報

通称・別名

北山城

所在地

三重県四日市市釆女町字北山

旧国名

伊勢国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

後藤基秀

築城年

文応元年(1260)

主な改修者

主な城主

後藤氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、土橋、枡形虎口、井戸

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

浜田城(三重県四日市市)[5.4km]
神戸城(三重県鈴鹿市)[5.8km]
茂福城(三重県四日市市)[9.9km]
国府城(三重県鈴鹿市)[10.1km]
峯城(三重県亀山市)[10.7km]
菰野城(三重県三重郡)[10.9km]
千種城(三重県三重郡)[13.9km]
亀山城(三重県亀山市)[14.1km]
伊勢上野城(三重県津市)[15.8km]
正法寺山荘(三重県亀山市)[18.3km]

采女城の解説文

采女城(うねめじょう)は三重県四日市市釆女町にあった城である。北山城ともいう。

遺構 

足見川と内部(うつべ)川の合流地点の北方、標高約70mの丘陵上に位置する。

放射状に伸びる丘陵の尾根上に8つの曲輪を配し、それぞれの曲輪間は空堀や堀切で隔てられている。曲輪群の中心にある最も広い場所が主郭にあたり、その周囲は土塁に囲まれている。また北西隅には櫓台と推定される規模の大きい土塁が確認できる。

城内に残る空堀は幅約10m、深さ約5mに及ぶ巨大なものもあるほか、高さのある土塁や枡形状の虎口など、数多くの遺構が現存している。

歴史 

文応元年(1260)、後藤基秀が三重郡釆女郷の地頭となって一族郎党とともに移り住み、釆女山(北山)に築城したのが始まりという。他に、文治3年(1187)に後藤基清が築城したとする説もある。

その後、後藤家15代300年の居城として栄えたが、永禄11年(1568)に織田信長の家臣・滝川一益の攻撃を受けて落城、時の城主・後藤釆女藤勝は自害して果てた。

落城の際に、藤勝の妻や娘が身を投げたといわれる井戸が主郭に残っている。

交通 

・四日市あすなろう鉄道内部線内部駅から徒歩約15分

参考文献 

・『日本城郭大系 第10巻』新人物往来社、1980年。
・采女城跡現地説明板。
・『戦国の城を極める 廃城をゆく5』イカロス出版、2017年。
・『週刊日本の城』デアゴスティーニ・ジャパン、2013年。

采女城の口コミ情報

2024年07月06日 大学頭RedKing
采女城



内部川左岸河岸段丘の道沿いに石碑や説明看板があって、門から登城できます。地元の皆さんの整備のお陰で、迷うこともなく園地を巡れます。

下流の南東方向の立派なPC橋はR25で、東海道をなぞっていて、左手の四日市追分方から右手の亀山、京都方へ勾配も登っていきます。もう一枚の対岸側の写真は、概ねその昔の国府のあった方向です。

今も昔も大動脈です。神話の頃に日本武尊が伊吹山で戦闘後に難儀して、亀山の能褒野に至る途中に当たり、杖を衝いた坂と言う旧跡が、先ほどのR25の近くにあります。

全く別件ですが、うちの近所にも同様の伝承から、杖突坂と漢字は異なりますがあります。勿論、その昔に行基様や西行法師、壬申の乱もあって色々なことが重層しています。そう言えば、子供の頃に見た日本武尊や乃木将軍の像はどうなってしまったのでしょう。

そうならないためにも、ご先祖様の記録を判り易く遺しましょう。

2024年06月21日 はるお
采女城



雨の後で、クモの巣だらけでたいへんした。

2024年04月13日 在来線男右京進
采女城



回りが住宅地になりつつありますが、あまり開発の手が加わっていない城趾です。登城口はわかりやすいですが、道はあまり広くなく1人がやっと通れるくらいです。見応えはあります。曲輪や空堀、虎口などよく残っています。

2024年03月05日 みその対馬守
采女城



トイレは無いが駐車場の空き地あり。登城口も分かりやすく、城内も整備されています。堀切、土塁の数と大きさに、圧倒されます。皆さん是非行ってください。ここは、おすすめです♪。

2023年11月21日 飛騨守スーさん
采女城



四日市からあすなろう鉄道に乗り、内部(うつべ)駅から歩いて17分くらいで着きます。駐車場はなかったと思います。
保存会の方々ご整備してくれてあり、ロープや竹で手すりも作ってくれてあるのであるきやすかったです。
独立した9つの廓の間は堀や土塁が残っています。

2023年11月08日 RED副将軍
采女城



九つの郭をそれぞれ堀切で分断し、要所に桝形を配置するテクニカルな山城🏯

オススメ度 ★★★★⭐︎

1260年に後藤基秀により築城。
後藤氏は藤原氏を祖先とする伊勢平氏の系譜であり、平治の乱で活躍した後藤実基、検非違使として平賀朝雅の討伐で活躍した後藤基清の功があり、三重郡采女郷の地頭職となった後藤基秀が築いた居城です。
以降300年間に渡って後藤氏15代の居城となりました。
1568年、伊勢に侵攻した織田信長の家臣である滝川一益によって落城し当主の後藤藤勝は討死。そのまま廃城となりました。

見所
足見川と内部川の合流地北岸の河岸丘陵上に築かれています。
山頂に主郭を配し、北、南、南西、西に伸びる尾根に九つの郭を配しています。それぞれな郭は大規模な空堀と土塁で区切られ土橋が架かります。
市民緑地として整備されており登城路が付いていますが、六、七、九の郭は未整備でした。
四の郭から西側へ藪を掻き分け急坂を降ると九の郭に到達。土塁が巡る削平地が藪の中にありました。

行き方は、城域南側の内部川沿いに登城口があり、南西部の足見川を渡る橋梁手前に駐車スペースがありました。
比高は30mほどであり気軽に登れます。

2023年01月16日 武蔵守松宙右衛門
采女城

先人様の補足をします。

城内は、ロープで仕切ってある場所が多々ありロープ内に入っても大丈夫なのか内部地区センター、采女城跡保存会に問い合わせたところロープの先は侵入禁止ではないそうです。道標も兼ねてロープをしているそうです。5郭などもロープで仕切ってありますが、ロープ内に入って遺構を見ても大丈夫とのことです。マナーを守って登城してほしいとの事でした。

遺構として 9 つの郭 、空堀、土疊、深井戸、虎口があり、県下では第 1 級の歴史的遺産と評価されているそうです

石垣はないものの山肌を掻き揚げた土塁や空堀は見所の一つで圧巻です。遺構は良好な保存状態で残された素晴らしいお城でした。

2022年05月06日 佐吉。
采女城



全国3万人の采女ファンの皆様こんばんは!
ちょっと!ちょっとちょっと!
「さいじょ」じゃないよ「うねめ」だよ!

さて、昨今すっかりドクラー化してる私。城友さんにお薦めされたのをきっかけに、ある作家さんの著書を重点的に読んでおります。歴史を織り交ぜ(というかこちらがメイン)現代の事件と歴史の真相を推理し解き明かしてゆくのだけど(面白そうでしょ?)、登場人物がやたら旨そうに酒を飲みつつ謎解きする!ある小説でも焼酎を旨そうに飲んでる!どうしてもそれを飲んでみたい!ググると三重県産じゃないか!うーん、通販がお手軽だけど遠くないしGWだしここは現地調達が楽しそう。
ついでに近場のお城に行く…とユルく計画。
で周辺城郭検索…な、なにい〜⁉︎采女城⁉︎そんな城あんの⁉︎
采女?采女?マジ采女?
コレは…迷わず行けよ、行けば分かるさレッツ采女!

え〜何々?口コミ19件ね、ふんふん。
え、内14件が1人の城友さん…えっ何怖…。

駐車場は足見川に架かる橋東に、上手く停めれば3台OK。
登城口から10分足らずで本丸に到着するお手軽さ。主だった郭には全てロープ柵が取り付けられているので迷う事ナシ&心の綱。「木橋onthe土橋」で細い土橋もNO問題!ズバリ「バリアフリー山城!」杖ついたご老人でも登城可能。私にはとてもありがたいお城です。

遺構は堀が目を惹きます。一とニの郭間の空堀は遠州の某お城に似てる。(名を出し「全く似てねーし」と言われると立ち直れないので言わない)驚く土木量。続々100名城に選出されるとイイな。

忘備録
・顔にやたらと虫がまとわりつき地味にストレス。防虫スプレーあると安心。
・落ち葉で滑る。足元不安な私は心の綱掴んで正解。
・時折漂うナゾの匂い。異臭とまでは言わないが嗅いだ事のない匂い。

周辺にはヤマトタケル関連史跡他、善住坊がいたかもしれない杉谷城や魅力的な城も沢山ありそう。また訪れたい。とりあえずは采女八幡社だ!


焼酎の感想?
GWで休業だった。通販しか勝たん。

①一とニの間の堀
②三の土橋
③五の竪堀
④一と八の間の堀切

2021年02月04日 【城郭道】たっきー
虎口[采女城  碑・説明板]



登城口から登って最初に出会う遺構です。虎口だある事をしっかり示すようになっています。上には曲輪がいくつもあるので攻撃されたらもう無理のようですね。虎口から左へ行けば五の郭、右へ行けば八の郭に着きます。両方とも立派で本丸につながるので好きな方を選んで攻城してください。

2020年08月30日 ランクル狂駿河守
采女城



登城口は地図に出ているのでわかりやすいです。

2020年08月24日 のんちゃん安房守
采女城



約10分程度の登山!城跡には、少し大きな井戸が有ります!😊

2020年08月23日 大納言Z武蔵守369
杖衝坂[采女城  その他]



旧東海道の坂道で、日本武尊が東国へ征伐した帰りに、疲労のあまり杖をついてこの坂道を登ったという『古事記』に書かれている坂。負傷して足が三重に折れ曲がっていたことから、「三重」という地名が生まれたといわれている。

2019年06月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



二の郭には土塁が健在、立派です。今はお城を簡単に登城、色々廻ることが出来ますが、寄せ手は縦横無尽に配された空堀底道に誘導されてこれを進まなければならず、その間に多くの郭から矢玉を受けることになります。

極めて技巧的な土のお城、このお城はそれを肌で感じることが出来ます。仕事明けで疲れてるのでまた明日〜

2019年06月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



空堀末端の掘り残しには切れ込みが入ってました。土橋になってるので切られたんでしょかと勝手に想像出来ます。

2019年06月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



その空堀にある土橋君。掘り残しで高さがあるので橋が架かっています。この土橋君は写真右手から攻め登る敵に対して袋小路を構成して追い込みます。

2019年06月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



一の郭から二の郭へ向かいます。写真左手は一の郭、右手は名も無き結構大きめの曲輪、空堀は城内最大級の箱掘。写真中央奥は掘り残しの土橋になり連結されています。

お城を見て廻ると多くの土橋はそれ自体が通路というだけでなく土塁としても機能しているように感じました。説明すると面倒なので興味のある方は現地に足を運んで確認してみて下さいまし。

2019年06月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



一の郭からはニ、五、八の郭へ分岐します。八の郭との間は御覧のとおり階段付きの空堀がお出迎え。写真右手、空堀の先にも何かありそう。ちなみにここへは最初に見かけるであろう虎口の説明板から右を選択すると簡単に行けます。

2019年06月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



采女城の続きなり。一の郭の土塁です。高さもあるし幅もあります。折れの部分は一段高く、櫓が立つぐらいの面積があります。一の郭には大きく深い井戸もあって落城に伴う悲話がここにもあります。

2019年06月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



ちょっと判りにくいけどその箱掘りです。このお城は色んな空堀が縦横無尽、陳腐な言い方ですが、アイランド形式で郭があってそれぞれの郭を土橋君で連結しているような感じ。お城のパラワン島です。何気に仕事が忙しくなってきたのでまた明日〜

2019年06月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



五の郭に戻り主郭の一の郭を目指します。一の郭へ行くにはこの箱掘りに残された土橋君を渡って行きます。土橋君の上には橋が整備されている親切さ。

2019年06月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



六の郭は土塁で囲われていたご様子。この南には七の郭がありますが、訪れる者ももういない荒れたお墓がありました。さてもうお気付きかと思いますが、このお城は九つの郭が確認されています。小郭まで含めればそれ相当な規模のお城です。

2019年06月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



六の郭土塁上から五の郭の切岸を見ると五の郭も見上げるぐらいの高さ、深いです。写真左手、空堀の先には別の曲輪にぶつかります。

2019年06月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



五の郭は見事な削平地ですが、更に南に行くと六の郭があります。見事な空堀がお出迎え、幅も高さも立派なもので「おぉっ、これは…」とか声が出ます。六の郭の方は土塁付きで高さを更に稼いでいます。

2019年06月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



そして虎口の説明板がありながら虎口らしきものが見当たらなくてどきどきしますが、気にせず登ると最初の明確な遺構、五の郭に到達します。虎口は五の郭にあったご様子。ちなみにお城は鬱蒼とした藪に周囲を囲まれてるので直登はほぼ不可能です。

2019年06月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



采女城の続きなり。登城路入口から特に遺構らしきものに出会わず約100m(お城の真ん中辺り)、この説明板に到着してちょとがっかりします。後で嫌と言う程解りますが、もしそう思ったのならもうお城の術中にはまってます。

2019年06月02日 内記かずりヾ(・ε・。)
采女城



今日行ったお城、采女城なり。嫌がる友を置き去りにして散策2時間、実は前が何城だったのか知らんけど城郭変更で突然未攻略城が現れたので行ってみました。が、あまりの素晴らしさにびっくり!これ凄いお城ですよ。ちなみに「基」で気付きましたが、城主だった後藤氏は藤原利仁流であの後藤又兵衛とは遠過ぎる親戚になるらしいです。ググって勉強してみました。続けたいけど睡魔が襲ってきたので今夜はアナウンスのみ!

采女城の周辺スポット情報

 古井戸(遺構・復元物)

 空堀(遺構・復元物)

 八の郭(遺構・復元物)

 一の郭(遺構・復元物)

 二の郭(遺構・復元物)

 三の郭(遺構・復元物)

 四の郭(遺構・復元物)

 五の郭(遺構・復元物)

 九の廓(遺構・復元物)

 七の郭(遺構・復元物)

 六の郭(遺構・復元物)

 虎口(碑・説明板)

 本丸跡(碑・説明板)

 矢矧橋と采女城ゆかりの地名(碑・説明板)

 案内板 (碑・説明板)

 日永城(周辺城郭)

 空き地(駐車場)

 杖衝坂(その他)

 パンフレット置き場(その他)

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