正法寺山荘(しょうぼうじさんそう)

正法寺山荘の基本情報

通称・別名

所在地

三重県亀山市関町鷲山

旧国名

伊勢国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

関盛貞

築城年

永正年間(1504〜1521)

主な改修者

主な城主

関氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、井戸

指定文化財

国史跡(正法寺山荘跡)

再建造物

説明板

周辺の城

鹿伏兎城(三重県亀山市)[5.5km]
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正法寺山荘の口コミ情報

2020年04月18日 近江守Silvine
新所城[正法寺山荘  周辺城郭]



関氏が永正年間に宗家の寺および砦として築いたのが正法寺山荘で、その後、天正年間に関盛信によって築かれたのが新所城です。
鈴鹿川と東海道に挟まれた城山全体が城域となっていて、大きく3つのピークを中心にそれぞれ曲輪群を展開しています。西の曲輪群から東に向かって伸びる縦土塁と竪堀は規模が大きく、土塁端の堀切と合わせて、最大の見どころです。また麓の登城口付近には石垣も見られますが、どの時代のものかは分かりません。
国道沿いの関宿・西追分観光駐車場が無料で利用できます。道路を挟んで向かいの物流センターと建物の間の道の奥に登城口の案内があり、リボンに従って15分ほど登ると西の曲輪の主郭です。
また、城下にあたる関宿は東海道の宿場町の風情をよく残していますので、併せて観光されるのも良いと思います。

2019年08月26日 首藤丹後守通宗
新所城[正法寺山荘  周辺城郭]

亀山市歴史博物館で存在を確認
山の名前は「城山」
JR関西本線車内から目視可能

2019年06月19日 あきおこ
正法寺山荘



南西居館部の土塁。駐車場横にあり土塁で方形に区画される。段丘上に地選され、中央には石垣で区画された館の主要部があり段丘端外周を土塁が廻る。桜の名所らしく訪れた時は花見客で賑わっていた。敷地内に10台弱停められる未舗装の駐車場があるがトイレは無い

2019年04月23日 龍馬備中守【】
僧坊跡[正法寺山荘  遺構・復元物]



城郭と寺院二つの顔を持つ正法寺山荘☆
僧坊跡・土塁と虎口☆低めの土塁はさほど防御を意識した作りではない☆戦乱の世に明け暮れる世にあってもこの砦は連歌師・柴屋軒宗長がしばしば訪れ詩歌や茶の湯などを行なっていた☆

【見所】
①僧坊跡の土塁♪
②寺院跡?石垣♪
③城郭北側の削平地は広〜い♪
④石組みで出来た排水♪

2019年02月24日 小田出羽守氏治
正法寺山荘

正法寺山荘は永正年間(1504〜1521)に関盛貞によって築かれた山荘です。

すぐ横を流れる小野川を天然の水堀としています。

正法寺山荘を築いた関盛貞は、「急がば回れ」を唱えたことで知られる宗長と親交が深く、宗長は何度もここを訪れています。

正法寺山荘は寺院(正法寺)と別荘を兼ねていましたが、織田氏の伊勢進攻に対抗する砦にするためか、土塁や空堀などの防御施設もあります。

とはいえ、土塁や切岸が低いなどとあまり防御力はなく、いざ実戦では役に立たなかったと思われます。

その他には、寺院らしく池の跡や溝などの遺構も見られます。

亀山や関宿へお越しの際は、ぜひ訪れてみられることをおすすめします。

2018年05月13日 課長大和守Lv.B
正法寺山荘

旧東海道関宿より北の羽黒山と鈴鹿川に囲まれた地に位置します。
道中は狭い道ですが古びた案内看板もあり、駐車スペースもありました。
国史跡に指定されていることもあり綺麗に整備され遺構も見易いですが、一段下がった削平地は藪化していたので見学の際は注意が必要です。
地元では桜の名所らしいので春先は人が多いと思いますが訪問時は貸し切り状態でした。



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